3.54.ダメなリーダー
横たわるリンドは、既に息をしていないという事がわかる。
目の良いオールは、この距離からでも胸の動きを見て息をしているかしていないかという事は判断で来てしまっていた。
前に出るナックとバルガン。
二匹は敵討ちだと言わんばかりに表情を歪ませ、憎き敵を打ち倒さんと戦闘態勢を整える。
ナックとバルガンは闇魔法に適性のある狼だ。
怒りにより目から黒色の靄が零れ落ちる。
ナックは水にも適性があるのだが、闇魔法の方が体に合っているのか、水色の光は現れなかった。
敵対する一人の小さな枝と長い鉄の塊を持った人間。
余裕の表情を崩さないまま、鉄の塊を狼たちに向ける。
まるでかかってこいとでも言わんばかりの様子であった。
以前としてオートは放心していて動かない。
状況を理解しようとするが、理解できないのだ。
それに加え、もう一つの念がその思考を邪魔していた。
それはオートが戦う前に、仲間たちに言った言葉である。
犠牲が出たとしても構うな。
戸惑うな。
迷えば負ける。
自分の言った言葉が脳裏でグルグルと回り続けていた。
今のこの状況。
オートの渾身の一撃を防いだあの人間は、確かな実力を持っている。
明らかにこの三匹で戦っていい相手ではない。
それに、二匹は既に情で動いており、リーダーの言った言葉を無視していた。
情で動いたが為に、仲間たちは窮地に追いやられたのだ。
ここで同じことをすれば、また悲劇が繰り返される。
本来であれば、まず周囲の雑魚を殺し、数で敵を倒すのが良いなのだろう。
しかし、前にいる二匹に声をかけることが出来ない。
二匹はリンドの為に戦おうとしてくれているのだ。
駄目だとはわかっているが、それがとてつもなく嬉しかった。
だが、ここで自分の言った事を曲げてはいけない。
示しが付かないからだ。
リンドを戦場に出したのは他ならぬ自分。
こういったことも考慮して、仲間たちにああ言ったのだ。
覚悟の上だ。
こうなる可能性も、勿論……。
『考えていたわけないだろうが……ッ!』
リンドは戦える体ではない。
だから遠くに配置したのだ。
万が一にも死ぬ事がない為に、わざと遠くに行ってもらい、周囲の状況把握に努めてもらっていた。
殺されるなどという事は、全く考えていなかった。
それはリンドだけではなく、他の仲間たちも同じだ。
一匹の死ぬことですら、予想していなかった。
勝つ。
それだけしか考えていなかったのだ。
『リーダー殿! 何をしているのですか!』
『っ!』
バルガンの声により、意識が戦場へと帰ってくる。
前を見てみると、未だに動いていない二匹の姿が目に映った。
『何を考えているかわかりませんが……。リーダー。仲間を想う事は間違いじゃない』
『だが……しかし……』
『私もそう思いましたぞ! リーダー殿の言っていた、犠牲が出たとしても構うな、という事もよくわかります。ですが、それは一匹で戦えと言っているのと同じ事ですぞ!』
それを聞いて、オートは何かに気が付かされた様に目を見開いた。
確かにそうだ。
その通りだ。
仲間とは、助け合う奴らの事を言う。
一匹で生き抜くなど、出来るはずがない。
もしそういう奴がいるのであれば、そいつは仲間ではないのだ。
オートは気が付く。
どうやら情で負けたというロードとルインの言葉に惑わされていたようだ。
オートはカッと目を見開き、今までにない速度で風刃を放つ。
これは身体能力強化の魔法と雷魔法を使わない普通の風刃だ。
最速で発動させるのは、この風刃が一番早い。
「おっと!」
人間はそれに気が付き、すぐに半透明の壁を生成する。
それに風刃はぶつかったのだが、前回とは違う結果になった。
鋭い音が響き渡り、周囲に突風が吹き荒れる。
透明の壁には罅が走り、ベギャッという音を立てて風刃がめり込んだ。
「!?」
それは透明の壁を完全に壊し、風刃は人間に襲い掛かる。
だが、人間は咄嗟にその場を回避して事なきを得た。
しかしその場所には、鋭い爪の跡が伸びており、後ろにいた人間たちに被害が及ぶほどの威力があったようだ。
『! リーダー!』
『前言撤回だ! 皆聞け!』
身体能力強化の魔法を使用して、地面を思い切り叩く。
ズドン!
という大きな音が鳴り、地響きすらもが響き渡る。
『共に戦え! 束になれ! 一匹で戦おうとするな! 仲間を信じて共に戦うのだ!』
仲間がその言葉を聞いているかどうかはわからない。
だが、近くでも遠くでも遠吠えの声が聞こえたのを、オートはしっかりと聞いた。
オートにオレンジ色の稲妻が走る。
三つの魔法を使用するとき、この色の稲妻が走るのだ。
足に力を入れると、身体能力強化の魔法のせいで加減が出来ずに地面に足が沈む。
そのおかげで踏ん張りが利く。
雷魔法のお陰で体を動かす速度が異常に上がる。
強化された風刃は、風神となり、爪で風を斬る音が聞こえた。
風神はまた同じ人間に向かって飛んでいく。
避けることはできない速度だ。
人間が出来ることは一つしかない。
「くっ! エアーシールド!」
また半透明の壁を作り出す。
風神がそれにぶつかると、バギィン! という音を立てて空気が震動する。
嫌な音だが、その音が風神の威力を表現してくれた。
風神が人間の作り出した半透明の壁を押していく。
人間は何とか耐えているようだったが、耐えている姿を見続けるなどという事はしない。
『闇魔法・屍の牙』
『闇魔法・変毛・剛!!』
狼の頭が地面から現れ、人間に向かって走っていく。
目の前の攻撃に集中している人間は、その攻撃を回避することはできない。
「!! ぐぅううう!!」
音なく近づいた屍の牙数匹が、人間の足に噛みつく。
屍の牙は肉を噛み千切る程の威力はないのだが、それでも傷をつけることくらいは容易い。
激痛に顔を歪める人間に、さらなる追い打ちをバルガンが仕掛けた。
『どぅおおらああ!!』
風神を後押しするかの様に、強化された毛を使って打撃攻撃を叩き込む。
それにより、人間の作り出していた半透明の壁がバギバギっという音を立てて破壊されていく。
人間も不味いと思ったのか、壊れる前に回避を試みようとするが、足には未だに屍の牙がくっついていた。
そう簡単には逃げられない。
「くっ! この! ま、まず──」
そこで完全に透明の壁が破壊された。
風神の威力は衰えておらず、そのまま人間に攻撃が届く。
土を穿ち、地面を揺らし、空気を響き渡らせながら風神が通り抜けていった。
その攻撃は今までに放ったどの攻撃よりも強力だ。
前に出て攻撃を叩き込んだバルガンは、すぐに跳躍して戻ってくる。
ナックが常に前を警戒し、オートはその二匹の後ろに待機して成り行きを見守った。
一瞬の静寂。
実際は静寂など訪れてはいないのだが、三匹はそう感じていた。
周囲では未だに魔法が飛び交い、人間の断末魔が響き渡っている。
「……でぇい……やってくれたなこのくそ共がぁ……」
その声を聞いて、三匹の狼は戦闘態勢をもう一度整える。
あの攻撃を受けて死んでいなかった。
だが、人間は既にボロボロになっており、鉄の塊を地面に突き刺しながら歩いてきている。
「ったく……だが、もう俺たちの勝ちだ。ジェイルド!」
「……あいあい」
二つの鉄の塊を持った人間が、何処からともなく出現した。
そう言えばこいつは一体どこに行っていたのだろうか。
あれから姿を見ていなかった。
「はっは。いい魔法撃ってくれたみたいだね……」
「お陰でこんなだけどな!」
「まぁ、いいじゃん。たまには」
「よくねぇよ……」
人間は、ゆっくりと下がっていく。
逃げ出すという訳ではなさそうだが、何かをしようとしているのは間違いなかった。
『逃がしませんぞ!』
バルガンが突撃し、尻尾で攻撃を仕掛ける。
だが、人間は魔法を使うどころか、避けるという事すらしなかった。
何か妙だと思ったが、それはすぐにわかった。
『なっ!?』
バルガンの攻撃が、人間の手前で弾かれたのだ。
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