3.50.目視で確認


 二匹の狼が森の中を爆速で駆け抜けている。

 大きな体躯のオートと、痩せたロードだ。


 ロードは土魔法で自分の足場をしっかりと固定し、蹴って速度を付けていた。

 土はロードを押し出すかの様に突き出され、走るのを手助けしているようだ。

 それが足を動かす度に行われる。

 うさぎ跳びの様な格好になってはいるが、走るスタイルは個々によって違うから気にはしない。

 ここまで精度の高い魔法は使えるようになるのに、相当な時間を要するだろう。


 一方オートは、身体能力強化の魔法と風魔法、そして雷魔法を使って走っている。

 昔は身体能力強化の魔法と風魔法しか使わなかったが、オールが雷魔法で走る速度を上げていたため、少し真似してみたのだ。

 雷を体に纏うという状態を維持するのに少々手こずったが、今では実戦で使えるまでに使いこなせている。


 ロードがここまで速い速度で走れるとは、流石のオートも予想していなかった。

 なので少し意地になって三つの魔法を複合して使っている訳だが、それでも追いついてくる。

 時々ロードの正体は悪魔なのではないかと思ってしまうが、これが現実だ。

 オートは、ただこの爺さんが規格外なことを忘れていただけだった。


 暫く走っていくと、人間の匂いが強くなってくる。

 どうやら随分と近くに来たようだ。

 足を止めて一度待機する。

 それを見たロードも速度を落とし、ゆっくりと止まった。


『いやー、久しぶりに全力で走ると堪えるのぉ~』

『いいから集中しろ』

『うむ』


 オートは目を凝らして人間の姿を目視で捕捉する。

 すると、何かの布を広げている姿が目に映った。

 こちらに気が付いた様子はなく、人間たちはちょろちょろと動き回っている。


 しかし、この距離から人間を視認できるのはオートだけだ。

 だがロードであれば匂いだけでも何とかなるだろう。


 オートはロードを見る。

 だが、ロードは首を振った。


『駄目じゃ。ここからじゃわからんのぉ』

『では近づくか』

『うむ。どうせ足止めもせねばならん。わしがやっても良いか?』

『任せる』

『ではやらせていただこう』


 その会話の直後、二匹はまた地面を蹴っ飛ばして加速する。

 前回と同じく、今回も敵に見つからずに勝利するようにしたい。

 それを考慮したうえで、この速度で戦いに挑みに行ったのだ。

 この速度で走り続ければ、人間は二匹を目視することはできないだろう。

 人間の反射速度など、たかが知れている。


 オートはロードのサポート役に回った。

 ただでさえ老体なので、何かしらのサポートがあった方が良いと考えたのだ。

 ロードはそのことに気を悪くすることもなく、ただ黙って前を見ていた。


 十秒そこらで、人間たちが集まっている場所に近づくことができたようだ。

 走っている最中に、ロードは魔法を発動させる。


『土狼、土狼、土狼』


 魔法を発動させるタイミングは一定で、これを五回ほど繰り返した。

 走っているので、発動場所は少しずつずれている為、様々な方向から土狼は人間たちに向かって押し寄せる形となる。


 地面が動き始め、一気に津波の様な狼の群れが現れた。

 ドドドドドドという大きな音と振動で、人間たちを撹乱させる。

 急に出てきた土狼に対処することが出来なかった人間は、すぐに地面に引きずり込まれて潰された。


 そして、ロードの土狼は発動時間が長い。

 取り込んだ人間は土狼の中で掻き回され、四肢は千切れて肉体はどんどん磨り潰されていく。

 この中に入った者は、生きて帰ることはできないだろう。


 人間たちは大きな声で騒ぎ立てるが、土狼にはそんなもの意味がない。

 このまま全ての冒険者を取り込もうと考えたが、それはできなかった。


 バゴォン!


『!? なんじゃと!?』

『なに!?』


 大きな音を立てて、土狼の波が破壊されたのだ。

 一体何が起こったのかわからなかったロードとオートは、その場に一度停止して様子を窺う。


 土狼が力を失って、ただの土くれに戻っていく。

 だが、そのおかげで、何故土狼が破壊されたのかが理解できた。

 破壊された土狼に、小さな杖を向けて立っている人間が居たのだ。

 恐らくこの人間が、土狼を破壊したに違いない。


 そして、ロードはその人間を目視で確認した。

 その瞬間、毛が一気に逆立って顔に深い皺が刻まれる。

 怒りからか、土魔法と闇魔法が勝手に発動してしまっているようで、周囲には闇のオーラが広がり、足元の地面は今まさに相手を突き殺さんと言わんばかりに、鋭い棘が脈を打っていた。


「ガルルルルルル……」


 ここまで敵意を表したロードは見たことがない。

 だが、このままにしていれば暴走してしまいかねなかった。


『おいロード。落ち着け』

『……うむ……うむ……』


 ギリギリと歯を軋ませ、爪を思いっきり出して地面を削る。

 そうすることで、何とか平静を保てるようになってきたロードは、深いため息をしてからオートに言葉だけを投げかけた。


『あいつじゃ……! いや、あいつらじゃ! 匂いもするし、間違いない……!』

『わかった』


 足止めはまた失敗したが、これで確信を持つことが出来た。

 とにかく一度戻って作戦を練り直さなければならないだろう。


 あの人間は、次々にロードの作り出した土狼を打ち砕いていく。

 闇魔法ではあるようなのだが、その威力は桁違いだ。

 あれだけの分厚い土狼の壁を打ち砕いたのだから、相当な威力がある。


 その勢いに乗ったのか、人間たちは様々な魔法を土狼に向けて放ち始めた。

 一匹の魔力で作った土狼は、集団による集中砲火に弱い。

 残っていた土狼も全て崩れていき、人間たちの方からは喝采が湧き起る。


 あの人間は要注意人物だ。

 あれ程の威力の魔法を連射するだけの技量がある。


 それに、今までに二つの魔法を突破されてしまった。

 水狼と土狼……。

 どちらも狼たちにとっては強い部類に入る魔法ばかりだ。

 それがこうも易々と突破されるとは思わなかった。


『ロード、一度帰るぞ』

『そうじゃな』


 これ以上ここにいても意味がない。

 夜の夜襲までに、また策を講じなければならない為、二匹は同じ速度で駆けていった。


 オートが思っていたよりも、敵は強い。

 以前来た人間たちとは大違いだ。

 だがしかし、強い人間は数人だけであるようだったので、あの数人だけに注意を払えば、後は何とでもなるだろう。


『……俺が出るか』


 恐らく他の仲間では、あいつに対抗できないかもしれない。

 ここは確実に首を刎ねておきたいのだ。


『オートよ』

『なんだ』

『……勝つぞ。良いな』

『無論』


 それからは一切話をせず、森の中を駆けていく。

 次にオートが口を開いたのは、集合の合図の為の遠吠えだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る