3.21.一方的


 一斉に放たれた風刃は、屍の牙で混乱状態に陥っている人間たちに容赦なく襲い掛かった。

 足元に集中しているため、横から飛んでくる攻撃など気が付くはずがない。

 それに、今の時間帯は夜。

 ただでさえ見えにくい風魔法。

 見て回避するなどという芸当は、人間たちには無理だった。


「ぐああ!?」

「かっ……」

「ぎゃあああ!!」


 腕が切り離され、胴体が開き、足が消えては頭が無くなる。

 その光景はまさに地獄絵図。

 既に事切れている人間にも風刃は襲い掛かり、どんどん肉塊を生成していく。


 この狼……もといエンリルたちの攻撃は、人間の体など簡単に両断できるほどの威力を持っているのだ。

 切れ味がいいのではなく、ただ威力がある。

 それ故に、人間はその攻撃に吹き飛ばされ、一つの風刃だけで三人、四人もの被害者を出し続けていた。


 勿論抵抗しようとする人間もいたのだが、それだと足元がお留守になる。

 ナックが魔法に集中している限り、屍の牙は消えることは無い。

 それに、これだけでも人間にとっては脅威となりえる。

 この屍の牙は、人間の足を噛み砕くほどの力を持っているのだ。

 それがその辺で飛び回っていると思うと、もう逃げ場は何処にもないように思われた。


「な、なんだよこいつら!」

「ひ、東だ! 東の方角から見えない刃が飛んできているぞ!」

「こんな暗い中でそんなの回避できるわけないだろ!」

「おい気を付けろ! 足!」

「なっ……! ぎゃああああ!」


 ここには人間陣営のほんの一握りの数しかいない。

 オートたちは六匹一緒に動いているのだから、一気に大勢叩くことはできないのだ。

 まずは初戦を大切にしたオート。

 それにより、仲間たちは余裕の表情を見せながら風刃を放ち続ける。

 人間など取るに足らない生物であるということを、始めにこうして教えておきたかったのだ。


 ただ数が多いだけ……まさに烏合の衆。

 連携も取れていなければ、反撃に出てくる者も現れない。

 周囲を見て今の状況に怯え、自分が助かるためだけに後方へと走り去る。

 そんな奴らであれば、まず負けることは無い。


『バルガン! 逃げていく敵を討て!』

『承知いたしましたー! ナック殿ー!』

『応』


 バルガンがナックの目の前に走ってくる。

 闇夜に溶けるような黒色であるため、その姿はまだ人間たちに見られてはいないだろう。


 ナックはバルガンが目の前に来たことを確認すると、一つの魔法を発動させた。


『闇魔法・零距離移動』


 これはオールが使っているワープである。

 オールは元が人間であるが為に、ワープする場所を完全に捕捉しなければならないが、野生に生まれ、野生に生きてきたこのエンリルたちはそんなことをする必要はない。

 ただ行きたいと思った場所に、この零距離移動は展開される。


『では、行ってくる!』


 闇夜の暗い空間に、更に深い闇が展開された。

 それに向かってバルガンは走っていき、そのゲートをくぐる。


 ゲートが丁度、人間たちが逃げ惑う場所に出現したようだ。

 バルガンは走ってそのゲートに入ったため、ほぼ一瞬で体全てが出現するが、顔が出た瞬間には既に周囲の状況を把握していた。


 敵の数約四十七。

 匂いを頼りに目を高速で動かし、その数を数えていったのだ。

 居場所、走る速度、及び屍の牙のいる場所を全て把握したバルガンは、低姿勢になって魔法を発動させる。


『闇魔法・変毛へんもう


 魔法名を聞いたからと言って、侮ってはいけない。

 ネーミングセンスこそ壊滅的ではある物の、その攻撃力、機動力、防御力は凄まじく高い。


 敵の位置を補足したバルガンは、尻尾を横に凪ぐ。

 その瞬間に、数十メートル程先にいた人間の胴体が、泣き別れとなった。

 それは周囲にあった木々も同じであり、バルガンの攻撃により倒れはじめる。


 これはバルガンの尻尾の毛が変化して伸び、硬質化した為に先ほどの凄まじい攻撃が生まれた。

 ほぼ一瞬で、先ほど補足した人間たちの三分の二は始末してしまっただろう。


 だが、バルガンが残っている相手を見逃すわけがない。

 すぐさま体を戻し、生き残りの方に目がけて口から何かを飛ばす。


『闇魔法・溶唾液』


 口から飛び出したのは透明な唾液。

 いくつか敵の方に向けて発射したのだが、そこまでの威力はなく、ゆっくりと放物線を描いて飛んでいった。

 だが、それだけでは明らかに敵には届かない。

 そこでバルガンは毛を硬質化させて、また尻尾を横に凪ぐ。


『っしゃ!』


 振り抜かれた尻尾からは、幾本もの毛が飛んでいった。

 それは溶唾液に浸かって貫通して、ようやく敵の方へを飛んでいく。


 ジュウ。


 そんな音を立てながら、人間の着ている鉄であろうと思われる防具を一瞬で溶かした。

 たった一本の毛だけで、防具が全て溶けたのだ。

 腐食する唾液。

 これが溶唾液の本当の恐ろしい力であった。


 攻撃を喰らった人間は、防具と同じように綺麗に溶けた。

 何が起こったのかすらも、わからなかったであろう。

 それが生き残っていた人間全てに放たれる。

 人間たちは一瞬で溶けてしまい、最後には手に持っていた武器、もしくは革のバックなどしか残っていなかった。


『リーダー殿! 終わりましたぞ!』

『では引くぞ』

『はっ!』


 遠くで話しているというのに、声は鮮明に聞こえた。

 それは何故かというと、ナックが未だにワープゲートを解除していなかったからだ。


 報告を聞き終えたので、ナックはようやくゲートを閉じる。

 地面から体を出現させ、体を振るう。

 地面の中は湿っぽいのだ。


『リーダー。帰ってよろしいので?』

『問題ないだろう。前回はこれで引いた』

『なるほど』


 今さっきの奇襲だけで、大方百程度の人間を始末できたはずだ。

 この被害であれば、敵に大打撃を与えれていることだろう。

 なので無理に深追いをする必要はない。


 次は明るいうちの戦いとなるだろう。

 明るいうちに戦う必要はないのだが、そうしなければ、敵の進軍は止められない。

 子供たちのいる場所に、こいつらを向かわせるわけには絶対に行かないのだ。


 オートたちは、転がる死体を背にして一度群れの待つ場所に帰還したのだった。


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