3.14.Side-クルス-原因


 僕は王に謁見する為、足早に廊下を歩いていた。

 これは一体どういうことだ。

 一体なぜこんな事態になったのだろうか。


 王はあの時、僕たちを褒めてくださった。

 礼を言うと言ってくださった。

 なのに、なのにどうして……。


『討伐隊が編成されているんだ!』


 あれから数週間。

 何の音沙汰もなく、静かになっていた討伐隊だが、昨日急に動き出した。

 あれは解散されていたはずであるのに、どうしてまた再編成されているのか。

 本当に理解できない。


 このままでは、また過去と同じようなことが起こってしまうのは目に見えている。

 王は何故自ら道を踏み外してしまったのか。


 僕はバンと玉座の扉を開け、玉座に入る。

 声もかけずに入ってきてしまったので、周囲の衛兵たちが武器を構えてそれをこちらに向ける。


「貴様! 無礼であろう……! く、クルス殿!」

「ファイアス王は何処に居られる!」


 僕には王の居場所を聞くような立場の人間ではない。

 それに、今やっていることは実に無礼なことである。

 だが、そうせざるを得ないほどの怒りが、腹の中で暴れまわっていたのだ。


 僕はファイアス王の居場所を聞いたが、目で探せばすぐに見つかった。

 片手で目を覆い、ひじ掛けに深く寄りかかって落胆しているような姿を見せている。

 それを見ただけで、何かあったのだろうという事はわかったが、それでこの怒りが収まるわけがない。

 正当な理由を聞きたい。

 そう思い、ツカツカと玉座に向かった。


「ファイアス王!! これは一体どういう事でございますか!! 何故……何故エンリル討伐隊が再編成されているのですか!!」

「…………」

「ファイアス王が私たちにかけてくださったお言葉は……全て嘘だったのでございますか!!」

「なわけなかろう!!」


 片手で目を隠したまま、ファイアス王は僕に負けないくらい大きな声でそう言い放った。

 よくは見えないのだが、ファイアス王の手は少し濡れているように見える。

 そこで僕は怒りに任せて言い放ってしまった言葉を思い出す。

 明らかに不敬である。


「先程の私の発言をお許しください。ですが……聞かせてくださいませ。一体……何が起こったというのですか」


 この際もう不敬極まりない発言を許してもらおうなどとは思わない。

 ただ……事実が知りたい。

 何故このような事になってしまったのか。

 王の姿を見る限り、ファイアス王としてもやりたくなかった事だというのは十分に理解できる。


 王はゆっくりと……口を開いて説明をしてくれた。


「ゼバロスだ……。ゼバロスが我が領の冒険者にエンリルの情報を漏らしていったのだ」

「!!? な……何故!?」


 そう聞くと、ファイアス王は一度顔を自分の着ている服で拭い、鋭い目つきでこちらを見た。

 その顔は、先ほどの僕よりも怒っているように思える。


「奴はエンリルの重要性を知った。そして、その利用方法も思いついた」

「利用……方法?」

「国攻めだ」

「なっ!」


 エンリルが魔物を間引いてくれているのであれば、戦力を魔物に当てる必要がなくなる。

 そうなれば、自国の戦力増強に力を入れることが出来るだろう。

 その一方、冒険者は魔物を倒す仕事が少なくなるのだが、それでも仕事は山のようにある。

 戦う事だけが冒険者の生業ではない。

 遠征、調査、土方など様々な仕事が存在するので、比較的に致死率が減る。

 そうなることで、若手を育てやすくする環境が生まれる。


 だが、魔物が間引かれなくなった場合。

 魔物があふれ、村々を襲う。

 それに対処するべく冒険者や騎士団が出動。

 それにより、個々の戦闘力は上がるが、戦力を増強することは難しくなる。

 若手が育ち切る前に、魔物に殺されるなど日常茶飯事なのだ。


 となると、国自体の戦力がいつまで経っても変わらなくなる。

 それに加え、日々魔物と戦うのは骨が折れるものだ。

 そんな時に戦争が起こってしまえば、明らかに守り手の方が弱くなるのは必然。


 だが、話はそれだけではない。

 魔物が出現するという事は、行商、交易にも多大なるダメージが発生する。

 誰も魔物と頻繁に争っているような国になど行きたくはないだろう。

 エンリルがいなくなれば、そう言ったこともまた再発するのだ。


「では……ゼバロスは何処に!?」

「消えたよ」

「……そうですよね……」

「何処に寝返ったのかはわからぬ。だが、この数年のうちに必ず戦争が起きるだろう」

「…………」


 こうなってしまったのは、ファイアス王のせいでは無かった。

 それだけで、少し安心した気持ちになる。

 だがこのエンリル討伐隊はまだ止められるのではないだろうか。

 王の権限があれば問題ないはずだ。


「で、では……止められないのですか?」

「無理だ……。民たちは我の為にエンリルを討伐すると言っておる。本当は金欲しさだけであろうが、それを止めれば暴動が起きるはずだ」

「そう……なのですか?」

「人は欲に忠実だ。今目の前に金の生る木があるのに、それを没収されては反感を買うに決まっている。数年後に戦争が起きるとわかっているのに、ここで反感を買い冒険者や騎士団たちに逃げられては……本当にこの国は終わってしまう……」


 ファイアス王は頭を抱える。

 確かにその通りだ。

 討伐隊を解散させれば不満が起きる。

 だが、そうなれば国にいる冒険者たちが不満を持ち、国から出ていてしまう可能性が出てくるのだ。

 よその国にも冒険者組合はある。

 この国の冒険者組合も、それの一つに過ぎない。


 今後の為、今ある戦力は持っておきたいのは普通なこと。

 それに、今討伐隊に参加している者たちはエンリルの存在価値について知らないはずだ。

 発表する前に、このような事になってしまったのだから。


「そもそも……ゼバロスは何故このようなことを……」

「わからぬ。だが……あやつだけは絶対に許してはおけん」


 その鋭い目つきは、誰に向けるでもなく空を睨む。

 だが、その睨みは見ている人に激震を与えるような力強いものだ。

 見ているだけで体にビリビリとした刺激が伝わってくる。


 こんな王を見るのは初めてだ。

 この場にいる全ての者が、そう思っているはずである。


「皆。この我についてきてくれるか。数年後には戦争が起こる。それがわかっていて尚、お前たちはこの国の為に戦ってくれるか」


 ファイアス王は、今この玉座で護衛をしている衛兵たちに向けてそう聞いた。

 少しの沈黙があった後、衛兵の一人が敬礼をする。


「無論でございます!」


 ビシッと決まったその敬礼は、忠誠を誓う形。

 模範と言ってもいい素晴らしい物だった。


 すると、周囲にいた衛兵たちが、一番初めに敬礼をした衛兵の隣に並び始める。

 その衛兵たちも、同じく敬礼をし、忠誠を誓った。


『はっ!』

「……うむ! それでこそ我が配下たちだ! ……クルス。また、研究を続けてはくれぬか。エンリルたちをあの森のまた戻してくれるような……そんな研究を」

「無茶を仰いますね。ですが……それこそ、未知の探求です。できないはずの事を、やってのけましょう」

「頼む」


 一度深く礼をして、玉座を後にする。

 もう、このエンリル狩りは止められない。

 では……その後のことを考えよう。


「ご期待に、応えて見せましょう。ファイアス王よ」


 誰もいない廊下で、そう誓った。

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