2.11.不死の寄生狼


 俺とオートは、山の麓まで後もう少しと言う所まで来ることが出来た。

 敵の本当のリーダーは山頂にいた筈だ。

 このまま走って山に入り、一気に山頂を目指す。


 ガンマが連れ去られてから走ってはいるが、あいつの暴れる音が聞こえない。

 そのことに少し不安を覚えるが、聞こえない場所まで遠くに連れていかれたのだろう。

 それか、俺たちが離れすぎたかのどちらかだ。


『オール! 周囲に敵はいるか!?』

『今の所いない! でも麓付近で変な匂いがする!』

『変……?』


 周囲に敵はいない。

 だが、麓付近に何かがあるようだった。

 その何かは匂いではよくわからず、ただ妙な匂いだという事だけしか伝えることが出来ない。

 匂いのする範囲は非常に広く、俺たちが向かっている麓にはすべて張り巡らされているようだ。


 得体の知れない物に近づくのは少々怖いのだが、それでも行かなければならないし、見なければそれが何かがわからない。

 あいつらの事だ。

 何か罠のような物を張っているに違いない。


 だが狼に罠を張るなどという知識があるのだろうか。

 俺たちの種族は人間並みの知能を持ち合わせているようではあるが、罠を見たことがなければ仕掛けるなどという事はできないはずだ。

 それに、罠を張ろうにもこの体では無理だろう。

 とすると……麓に張り巡らされているあれは何なのだろうか。


 考えていてもわからない物はわからない。

 さっさと走って目視してから考えることにしよう。


『……ん? なんだあれは』

『何か見えた?』


 目の良いオートは、張り巡らされている何かに気が付いたらしい。

 因みに、俺はまだ見えない。


『糸のような物だ』

『糸? 蜘蛛とかの?』

『そうだ』


 どうやら麓付近には糸が張り巡らされているようだ。


 何故糸?

 蜘蛛が近くにいるのだろうか。

 それにしては妙な巣の作り方だとは思うし、その周囲に敵の存在は感知できない。

 これも寄生狼の仕業なのだろうか……。


 とりあえず、俺がその糸が見える位置まで走っていき、一定の距離をとって一度足を止める。

 急に入って拘束されたらたまったものではないからだ。


 実際に目で確認してみると、それは糸というより、どちらかというとロープの様な物だ。

 見た位置が遠かったので、オートはそれを糸だと表現したのだろう。


 なんだこれ……。

 なんか適当に木と木に繋ぎ合わせてるだけ。

 てかこれ何? ロープ?

 触ったらどうなるんだろう。


 そう思い、俺はその辺にあった小さな小石を風魔法で浮かび上がらせ、少し強めにロープ目がけて撃ち込む。

 それは見事にロープに直撃し、千切れた。

 意外と千切れやすいんだなと思った瞬間、俺は足を掬われて転倒する。


『へば!!?』

『オール!』


 何が起こったのか全く分からなかった。

 ばっと体を起こして周囲を確認する。

 すると、ぷらーんと今さっき千切ったロープが木からぶら下がっていた。

 千切れたロープは張りをなくして少したわんでいるのだが、他のロープはまだ張っている。


『え!? 何が起こったの!?』

『お前が千切った糸がこちらに飛んできたんだ。俺はお前のおかげで喰らわずに済んだが……』


 うっそまじ?

 さっきの一瞬でそんなことが起きていたんですか?

 俺何も見えなかったんだけど……。


 ていうかこれ何魔法なの……?

 土魔法か?

 いや……でも土魔法だけでこんなことできないよな。

 てなると、合成魔法か。

 でも合成魔法って発動させるの結構難しいんだよね。

 俺の場合はイメージが頭の中に入ってるから簡単だったけど、ベンツとかは苦労していた。


 それを他の狼たちが簡単にできるとは思えない。

 となると……やっぱりあの寄生生物が原因だろう。

 狼の元から持っている適正魔法と、自分の持っている適正魔法を合成させたのかもしれない。


 確証はないが……これが合成魔法だとわかった時点で、その可能性は高い。

 これ以外にも何か仕掛けているかもしれないので、ここから先は慎重に進んでいかなければならないだろう。


『これ避けながら行くのか……』

『随分奥まであるように見えるが』

『一気に吹き飛ばしてみる?』

『それがいいかもしれないな。任せる』

『おっけい!』


 オートから許可が出たので、俺は魔力を体の中にため込む。

 使うのは禁止されていた風魔法、竜巻を使ってみようと思う。

 さっきの攻撃は、見えなかったが張っているロープが切れたことによる物だった筈だ。

 それならば、その攻撃が来ないようにロープ自体を巻き取ってやればいい。


 魔力を一定数籠めて、魔法を放つ。

 発動させた竜巻は、小さなつむじ風のような物だったが、徐々にその大きさと威力を増していき、木々に絡んでいるロープを巻き取り始めた。

 既にロープはピンと張っているので、千切れれば見えない速度で暴れるのだが、竜巻はそれをも巻き取ってくれる。


 出来るだけ多くのロープを回収してやろうと思い、少し強めに竜巻を起こしたのだが、回収できたものは少なかった。

 とは言っても走れる程度には回収ができたと思うので、これで問題ないだろう。


『上手くなったものだな。あの頃に使っていれば木ごと巻き取っていただろうに』

『流石に一年も練習すればね。炎魔法はまだ加減できないけど……』


 何故炎魔法は他の魔法と違って加減が出来ないのだろうか……。

 これでは料理ができない。

 一回やろうとして、食材を丸々焦がしてしまい、皆から怒られたのはいい思い出だ。

 あれ以降、食材に炎魔法を使用するのを禁じられている。

 悲しい。


 とりあえず、道が出来たのでそこを走っていく。

 ロープは近づいたら発動するという物ではないようで、すんなりと進んでいくことが出来た。

 千切らなければ無害なようだ。


 だが、このロープは様々な所に張り巡らされている。

 躱して走っていくのは簡単なのだが、本気で走れば確実にロープに引っ掛かるため、俺たちは本来出せる速度を出せずにいた。

 もどかしいことこの上ないが、目に見えない攻撃が飛んでくる方がもっと怖い。

 なので、ゆっくりでも慎重に進んだ方がいい。


『!! 右!』

『!』


 何かが右から走ってくる。

 俺と同じ大きさで、ロープが張り巡らされているというのに物凄い速度で走ってきていた。

 そいつはすぐに見えるようになり、俺たちの視界に飛び込んでくる。


 姿は狼そのもの。

 だが、頭から角が生えている。

 かっこいい角ではなく、見ていて気持ちの悪くなるような禍々しい物だ。

 斑のような文様が、ウゴウゴと蠢いている。


 目は虚ろで、舌もだらりとだしており、まるで生気を感じられない。

 死体を操られているような感じがする。


 体の変化は角だけで、他の部位は普通の狼だ。

 肉体的な変化はそこ以外ないため、馬鹿みたいに力が強かったり、素早かったりという攻撃はしてこないだろう。

 魔法は別だが。


『気を付けろオール! 何か仕掛けてくるぞ!』

『言われなくても!』


 相手の攻撃に備えて姿勢を低くする。

 一角狼は、近くにあったロープに向かって爪を振るう。


 あれを斬れば何処にロープが行くかわからない。

 あの狼はそれがわかってロープを斬ったのだろうか。

 自分にもダメージが入るかもしれないのに。


 一角狼はロープを爪で切った。

 すると、俺の体が吹き飛んだ。


『ぐぅ!?』


 まるででかい鞭を喰らったかのような衝撃。

 ダメージもそこそこあり、何度も喰らっていい攻撃ではなかった。

 俺は何とか体を起こして警戒を強める。


 いってぇええ!!

 なんで俺だけに当たるんだよくそったれ!

 ていうかマジで見えない! 見えないんだよあの攻撃!

 なんなんだまじで!


『オール! 何故避けない!』

『見えないんだって!』

『見えないだと?』


 オートは目が良いから、あの攻撃も見えるのだろう。

 だが残念ながら、俺は全く見えない。

 俺に当たるまで気が付けないので、どう頑張っても避けることが出来なかった。


 こういう時は匂いで感知して避けるのが俺のやり方ではあるが、どうにも匂いがわかりにくい。

 それに、一角狼がロープを斬ったと認識した瞬間に攻撃が飛んでくるのだ。

 先ほどの素早い子供狼と違い、魔法で作られたこのロープは匂いが薄い。

 匂いを辿ろうにも、辿れなかった。


 だけど、一角狼は見えている!

 目視できるのだから、攻撃は比較的簡単に当たるはずだ!


『纏雷!』


 相手にまたロープを切られる前に、一気に近づいて風魔法の風刃を放つ。

 相手はほとんど死んでいる状態の狼だ。

 手加減などは必要ない。

 そして、幸いなことに、俺と一角狼との間にはロープが無かった。

 なので何も気にせずに接近し、爪を振るう。


『風刃!!』


 ギャリッという音を立てて、風の爪が一角狼を襲う。

 だが、一角狼は一切避けるそぶりを見せずに、そのまま俺をじっと見ていた。

 何か仕掛けてくるのだろうかと思ったが、結局風の爪が一角狼に届くまで何事もなく、一角狼に爪の跡がつく。


 ズバッと肉を切り裂く音が聞こえたが、相変わらず一角狼はその場に立っていた。

 肉が切り裂かれているのだが、致命傷にはなっていないようだ。

 しかし、裂け具合から相当深い傷であることがわかる。

 普通であれば、このまま死んでくれるだろう。


 だが、こいつは普通ではなかった。


『死体だもんな……そりゃそうか』


 言ってしまえば、こいつはアンデット。

 普通の物理攻撃など効くはずもなかったのだ。


『めんどくせぇ……!』


 アンデットの一角狼は、心なしかニィっと笑った気がした。

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