2.3.接敵


 ようやく狼たちが相手の匂いを把握し始めた。

 そこまで相手が迫ってきているという事だ。

 どちらかというと、俺たちがそっちに向かっているのだが、その辺は気にしないで欲しい。


 相手が間近に迫ってきているという事から、狼たちは牙をむき出しにしている。

 全員やる気満々だ。

 俺も気を引き締めていくことにする。


 一匹欠けてしまったが、扇状の陣形を崩すことなく駆けていく。

 暫くすると、相手もこちらの動きがわかったようで、こちらに全力で駆けてくるのがわかった。

 数が十四匹と、少し多い気がするが、俺とオートがいるのであれば問題ない。


 すると、オートがピクリと耳を動かした。


『伏せろ!』


 その途端、風の弾丸がこちらに飛んでくる。

 これはあの時見たものと全く同じだ。


 だが急なことに対応できなかった狼が、それに直撃してしまう。

 まだ動けるようだが、相当な威力だったようで少し苦しそうだ。


 何とか回避した俺は、状況を把握しようとして周囲を警戒する。

 どうやら俺たちに気が付いた敵が、適当に風魔法を撃ち込んできたようだ。

 近づかれる前に少しでも減らしておきたいのだろう。


 普通の魔物だったら、魔力がなくなってしまうためこんなに連続して攻撃はできないのだが、俺たちの種族は違う。

 自分で魔力を作り出すことが出来るので、魔素が周囲にある限り無限に放つことが出来る。


 俺が見たあの狼は、おそらく俺たちと同じ種族だ。

 匂いからして間違いない。

 だからこうして連続で攻撃が出来ているのだろう。

 普通だったらもっと手加減するか、目視で確認してから攻撃してくるはずだ。


 だがこのままでは不味い。

 攻撃の狙いはまだ定められていないのだが、この場に留まるのは危険だ。


『ベンツ!』

『なに!?』

『先に行ってこれを止めてくれ!』

『なるほど! 作戦変更ね! 了解!』


 ベンツは伏せた状態のまま雷を体に纏い、一気に踏み込んで加速する。

 攻撃の範囲外まで出ていき、それから敵のいる方へと突っ走っていった。


『いや……はっや……』


 ベンツの本気の走りを初めてみた気がする。

 いつもは手加減して走っていたのか、俺でも見える程度の速度だったのだが、今のは全く見えなかった。

 見えたのは忘れて行った雷くらいなものである。


 となると、少しだけ不安になってきた。

 もしかしてガンマも今まで本気出したことがないのでは?

 子供の頃は本気だっただろうが、大人となった今本気を出せば、不味いことになるという事くらいガンマにも理解できているはずだ。


 まずくなぁい?

 べ、ベンツー! 生きて帰ってきてく──。


 その瞬間、前方で爆発音が鳴り響いた。

 ここからでも土煙が見えるほどの、大爆発である。


 それから攻撃も止み、こちらも動けるようになった。

 幸い群れに怪我をした狼はいないらしい。

 攻撃を喰らった狼も、ダメージこそあるが、まだまだ動けそうでぴんぴんしている。


『よし、いくぞ』


 オートの呼びかけに反応し、群れはまた全速力で駆けていく。

 俺は判断を誤ったなぁと、ベンツに謝りながら、援軍に向かった。



 ◆



 Side―ベンツ―


『ぬわああああ!?』


 高速で移動していた時、突然地面が揺れて倒れてしまった。

 それに大きな爆発音。

 一体何が起きたんだと思い、前を見ようとするが、土煙で何も見えない。


 敵の匂いも土の匂いが混じってわかりにくい。

 だがいるという事は確実にわかった。


 しかし今の爆発はなんだ。

 あれだけの魔法を使いこなせる奴が、敵にいるとなれば相当厄介だ。

 僕の力だけでは到底かないそうにない。


 援軍を待つか……いや、それまで敵が待ってくれるとは思えない。

 移動して距離を取りたいが、敵に背中を見せるのは恐い。


『あれ? ちょっと待てよ?』


 そういえば、なんで敵のいる場所で爆発が起きたのだろうか。

 技が暴発してしまった?

 そう考えれば自然だが、魔法は暴発したりしない。

 失敗すると何も起こらないのが魔法であるため、その考えはすぐに撤廃された。


 ではなんだ?

 わからない。


 理解できないことが目の前に出現すると、考え込んでしまうのはベンツの悪い癖である。

 今までそんなことはなかったので、誰も知る由もない話ではあるのだが。


『はーっはっはっは!』

『…………』


 その声を聞いて、ベンツは苛立ちを覚えた。

 聞き間違う事のないあの声。

 あいつが犯人だったのかと思うと、今まで何を考えていたのだろうと、逆に頭を抱えたくなった。


『ガンマ! やり過ぎだ阿保!』

『だいじょーぶ! 俺は元気!』

『そういうこと聞いてるんじゃない!』


 まだ土煙でその姿は見えないが……この爆発はガンマがやったもので間違いない。

 そんな力がどこから出てくるのか、僕は少し恐ろしく感じたが、それは苛立ちによって消し飛ばされた。


 兄ちゃん……ガンマが向こうに行ってるの知ってて僕を送り出した……?

 ちょっと酷くない?

 確かになんか向こうで何かが飛んでいった感じしたけど、僕一番端っこにいたからよくわかんなかったんだよねぇ……。

 魔法だと思ったけど、ガンマだったんだ……あれ……。


 あ、見えてきた。


 ようやく土煙が晴れ始め、周囲の状況がわかるようになる。

 目の前には大きな穴が開いていて、そこら一帯が吹き飛んだという事がわかった。

 そして、その大穴の中央にガンマはいるようだ。


『おーい!』

『おーいじゃないよ……干からびた湖みたいになってるじゃん……』


 後ほんの数秒来るのが速ければ、自分もこの巻沿いになっていたのかと思うとぞっとする。

 これからは不用意にガンマの近くで戦わないようにしたい。


 因みに、敵の狼だが……。

 本能で危機を察知してすぐさま後方に飛びのいたようだ。

 まだ大穴の上からガンマを見下ろしている。


『お! 運のいい奴らめ! とっちめてやるぜ!』

『あ、おい馬鹿! 一人で行くなって!』


 ガンマは上にいた狼数匹を追いかけて、走っていこうとする。

 それを止めるために動こうとしたのだが……。

 風を切る音が聞こえたので、一気に跳躍してその攻撃を躱す。


 着地して、風を切る音が聞こえた方向を見てみると、こちらに四匹の狼が牙をむき出しにして威嚇していた。

 四匹はゆっくりと僕の周囲を囲んでいく。


 ああ……めんどくさい……。

 ごめんよ兄ちゃん、ちょっとガンマは無視するね。

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