第15話 吉行俊介・手袋を落とす
知り合いの知り合いという間柄なので、彼とはあまり親しくないのだが、会ったときの印象は、真面目そうで爽やかな好青年という感じだった。
さて、吉行くんは、大学まで電車で通っている。
電車通学を始めて半年ほどで、あることに気づいたという。
彼は大学生なので、時間割によって電車に乗る時間はまちまちになる。だが、途中で通過する駐輪場に、たびたび同じ人が立っているようなのだ。
某駅の手前、電車がスピードを落とす頃に、左手に現れる駐輪場。自転車の列の間に、喪服のような黒いワンピースの女性が立っている。長い髪の毛をおろし、両手に真っ赤な手袋をはめている。
朝も昼も夜も、暑い日も寒い日も同じ格好である。
「最初は、喪服に真っ赤な手袋はないよなぁ、と思って気になり始めて……それからずっと、あの人何だろうなって思ってたんです」
ある夜、飲み会で帰宅が遅くなった吉行くんは、終電の車窓から彼女の姿を見た。
電灯の下に浮かび上がった赤い手袋を見て、そのときなぜか初めて背筋がぞわっとしたという。
それから数ヵ月後、吉行くん一家は引っ越すことになった。
引っ越して別の沿線を使うようになれば、もうあの駐輪場は通らなくなる。そうなってみると、とたんに好奇心がむらむらと湧いてきた。
ある日の夕方、吉行くんは例の駐輪場がある駅で、初めて電車を降りた。
「その日も、赤い手袋の女の人が立ってるのを見たんです。まだ明るかったし、確かめるなら今だ! と思って」
足早に駐輪場に向かうと、女性が立っていたとおぼしき辺りに、赤い手袋が一揃い落ちていた。スウェード地の、まだきれいな手袋だった。
吉行くんは何となく、落ちている手袋をスマートフォンのカメラで撮影し、その場を後にした。
もう一度電車に乗って、先ほど撮影した画像を確認してみる。
なぜか手袋は写っておらず、代わりにきちんと揃えた裸足が、画面の上の方に写っていた。
赤いペディキュアから、女性の足と思われた。
吉行くんは気味悪がって、すぐにその写真を消してしまったという。
その後引っ越したため、例の駐輪場を通ることはなくなった。
ただ、3ヵ月に1度くらいのペースで、道に赤い手袋が落ちているのを見かけるようになった。
「旅先で見かけて、大学で見かけて、あとバイト先とか、帰り道で……まぁ、じっくり見たことはないんで、まったく同じ手袋かはわからないんですけど。でも、両手揃って落とすことって、あんまりないと思いませんか?」
最近気づいたそうだが、手袋を見つける場所が、だんだん自宅に近づいている気がする、という。
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