第14話 本間竜一・おるよ
本間さんは中学生の頃、実家の建て直しに伴って、近所のメゾネットに一時的に引っ越しをした。見るからに築年が古く、壁の薄い建物で、何となくジメジメと湿っぽいような雰囲気があった。
当時から宵っ張りだった彼は、夜中に1階の台所へ行ってはインスタントラーメンを作って食べたり、牛乳を飲んだりしていた。
その夜も夜更かしをして、午前1時過ぎに2階の自室から狭い階段をトントンと降り、台所へと向かった。流し台で牛乳を飲んでいると、突然「おるよ」という声が聞こえた。しゃがれた、男女のわからない妙な声だった。
「誰だ?」
台所中を見渡したが、人の姿はなかった。気のせいだろうと思った彼は、牛乳を片付けて自室に戻った。
この日から度々、本間さんは深夜の台所で「おるよ」という声を聞くようになった。辺りにはやはり誰もいない。
ある時、夜中に牛乳を飲んでいた本間さんは、ふとカップ麺も食べたくなった。
流し台の下にある収納の開き戸を開けようとした瞬間、「おるよ」と聞こえた。
いつものやつだなぁと思いながら開き戸を開けると、乾物やインスタント食品の間に挟まるようにして、男の首があった。そいつが目をギョロギョロさせて、本間さんの方を見た。
彼は無言で扉を閉めた。そして自分の部屋に戻った。食欲は失せていた。
布団の中で、落ち着け落ち着け見間違いだ、と自分に言い聞かせつつ、もう一度扉を開けて確かめる勇気は出なかった。
翌朝、本間さんはお母さんに、「牛乳を出しっぱなしにしただろう」と怒鳴られた。
それでカチンときた。男の首を見て動揺しなければ、牛乳を片付け忘れることもなく、引いてはこんなことで叱られることもなかっただろう。一晩経って落ち着いたこともあってか、その「カチン」は恐怖を超えた。
いつか目にもの見せてやろうと思っていたある日の深夜、いつものように本間さんが台所で夜食を食べていると、「おるよ」と声がした。
本間さんはがばっと立ち上がると全速力で玄関に向かい、長いこと洗っていない自分のスニーカーを持ってきて、流しの下の収納に放り込んだ。
気のせいか、「ぎゅっ」という押し殺した声が聞こえたという。
やってやった、と確信した本間さんは、悠々と夜食を片付け、自室に戻って気持ちよく眠りについた。
その翌朝、流し台の下に放り込まれている悪臭を放つスニーカーを、本間さんのお母さんが発見した。
牛乳を出しっぱなしにした時の、倍以上の剣幕で怒られた。
しかしそれ以来、そのメゾネットを引っ越すまで、「おるよ」の声を聞くことはなかった。
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