第12話 本間竜一・紐玉

 本間さんがある霊園近くのアパートで、一人暮らしをしていた時の話だという。


 そのアパートは霊園よりも高い位置に建っていたため、部屋の窓を開けると、足元一面に墓地が広がっているように見えたそうだ。




 ある朝本間さんは、強い尿意と共に目を覚ました。


 トイレに駆け込むが、どうしたことか履いていたジャージのズボンを下ろすことができない。


 見れば、ウエストを留めるための紐が、ぎちぎちに結ばれて、紐でできた玉のようになっている。


 力任せに引っ張って、幸いにも彼は粗相をせずに済んだ。


 落ち着いた後で紐をほどきながら、本間さんはふと考えた。ジャージの紐が、寝返り程度でここまでこんがらがるものだろうか?


 しかし自分で結んだ覚えがない以上、やはり勝手に絡まったのだろう。まさか男の一人暮らしの部屋に、ジャージの紐を結ぶために侵入してくる奴もいまい。


 そう思って、気にするのはやめたという。




 その後、しばらくは何事もなかった。


 本間さんがそのことを忘れかけていた頃、朝のトイレで再び、ぎちぎちに結ばれたジャージの紐と遭遇した。


 その時は膀胱に余裕があったので、ちゃんとほどこうと結び目に顔を近づけた。


 玉のようになった紐の中に、明らかに彼のものではない長い白髪が、何本も絡まっていた。




 さすがの本間さんも気持ちが悪くなり、そのジャージは捨ててしまった。


 たまたま転勤があり、その1ヵ月ほど後に、彼はそのアパートから引っ越した。


「もうちょっと住んでりゃ、何か進展があったかもなぁ」


 と、他人事のように彼は言う。




 そのアパートは現在もあるという。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る