第11話 本間竜一・泣き真似
インテリ国家公務員の彼は、仕事はできると評判だそうだが、プライベートではまったくそんな気配がないので、その評判が本当かどうか僕にはわからない。身長185センチ、体重約110キロの巨漢だが、去年からめちゃくちゃ忙しい部署に異動したとかで、体重は順調に増え続けているそうだ。
ちなみにこの人は剛毅というか無鉄砲というか、十代から二十代前半の頃は心霊スポット巡りにはまっていて、数々の廃墟を訪れたらしい。しかし残念ながら、その時の「話せるような面白い心霊体験」は一切ないらしい。おかしなものだ。
さて、本間さんの家には、ダイヤル式の黒電話がある。
実際に使っているのではなく、インテリアとして飾っているのだそうだ。
「フリーマーケットで売っててよ、なんか欲しくなったんだよ」
彼が一人暮らしをしているマンションにお邪魔した際、実物を目の前に、そして缶チューハイを片手に話を聞いた。時刻は深夜1時を回っており、どこかで犬の鳴き声がしていた。
「これさぁ、時々鳴るんだよ」
「え? 電話線繋がってないですよね?」
電話機の後ろを確認しながら尋ねると、「そうなんだけどよ」と続ける。
「俺だって最初、これが鳴ってると思わなかったよ。まぁでも、なんかの拍子で鳴るもんかなと思って。とにかく止めないとうるさいし」
「どうしたんですか?」
「お前、電話止める時って、どうする?」
電話に出る。
「まぁ、繋がってないから無意味なんだけどさ。でもコレ一応電話だし。ついつい出ちゃったの。そしたら止まった」
「あ、そうなんですか。良かったじゃないですか」
「でもよ、受話器の向こうで声がすんだよ。子供の声で、えーんえーんって言ってるの」
「えっ、何で声がするんですか?」
「俺だって知らないよ」
「何でその子、泣いてるんですかね?」
「泣いてねぇよ。えーんえーんって『言ってる』んだよ。気持ちの入ってない泣き真似みたいな声なんだよ」
「で、どうしたんですか?」
「ちょっとしたら切れたよ。いやー、気持ち悪かったなぁ」
本間さんはそう言って、新しい缶を開けた。
「なぁ。不思議とさ、この話を人にすると、その晩あたりに鳴るんだよな」
「えっ、マジですか」
「何怖がってんだよ。お前に聞かせてやろうと思って話したんじゃん」
その時、ドア一枚隔てた廊下の辺りで、「えーん」という子供の声がした。
すっかり酔いの覚めた顔を、本間さんと見合わせた。
恥ずかしながらその後、日が昇るまで部屋を出られなかった。
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