第10話 加賀美一尚・首占
加賀美さんが、3年ほど前に体験した話だという。
年末年始休暇の差し迫った頃だった。
「加賀美、お前、幽霊見えるんだって?」
どこからその話を聞いたものか、同じ会社のひとつ上の先輩が話しかけてきた。
「しょっちゅう見るか?」
「まぁ……あーでも、錯覚かもしれないですけど」
先輩の意図がわからなかったので曖昧な答え方をしていると、
「じゃあ、変なもん見てもあんまり驚かないよな?」
とさらに尋ねられた。
「変なもんって、どんなもんです?」
「俺の実家の納戸に、生首が出るんだけど」
陽当たりのいい給湯室で、先輩は声を潜めた。
「いつも出るわけじゃなくて、3年に一度だけ、元日の夜中に出るんだ」
その首の表情で、その後3年間の吉凶が判断できるという。
「その首がどんな顔してるか……お前、見てくんないかな。うちの身内、びびっちゃって誰も見に行きたくないって言うんだよ」
3年前は、近所の人に頼んだという。彼は、生首が置いてあるくらい何だ、と半ばバカにしたように納戸に向かったが、少しして転げるように逃げ帰って来た。
生首の表情など、まるで覚えていなかったという。
「それで、あーいう豪傑タイプは駄目だなと。何せ3年に一回だからな、ちゃんと見てきて欲しいんだよ。いやでも、正月だからお前も実家に帰るか」
「いや、帰らないんで大丈夫ですよ」
ある事情があって、加賀美さんは実家とほぼ絶縁状態になっている。東京のアパートでひとり、ダラダラと過ごす予定しかなかった。
「まー、先輩が困ってるなら行きますよ」
「よかった、ありがとう! 俺んちだから気楽にしてな! 旅費も出すから!」
で、ありがたく世話になることになった。
大晦日に訪れた先輩の実家は、立派な日本家屋だった。
広い敷地に、コの字型の平屋が中庭を囲むように建てられている。
加賀美さんが家に入ると、すでに先輩から話を聞いていたらしい家族や親戚が、いっせいに歓待してくれた。
家も大きく、親戚も多いことから、そこそこの家柄ではないかと思った。例の3年に一度出る生首とやらも、自分が思っていた以上に重要なものではないのか。
「俺なんかでいいんすかねぇ」
今さらながら加賀美さんがそう言うと、
「いいのいいの! 表情さえ見てくれりゃあ」
と答えが返ってきた。
「見えない時もありますよ?」
「その時だけは百発百中で見えるから、大丈夫」
そういうことなので、安心してご馳走になることにした。
元々幽霊を見ることの多い加賀美さんは、元からそこに生首が置いてあると聞けば、自分がそこまで取り乱すことはないだろうと予想した。ネタバレされた後にホラー映画を見るようなものだ。
すでに高そうな酒や、新鮮な海の幸などをいただいてしまっている。こうなれば腹をくくって、役目を果たすより他にあるまい。
時間は経ち、ついに日付が変わって、年が明けた。
加賀美さんは事前に説明された通り、宴会が行われていた座敷を出た。
白熱電球の黄色っぽい光が、寒い廊下を照らしている。中庭を囲む廊下をぐるりと歩いて、一番奥の納戸に向かった。
廊下の突き当たりにある納戸の板戸を開けると、埃っぽい真っ暗な空間が現れた。
手探りで電灯を点け、すぐ左手にある棚を見る。
そこに首があった。
髪を乱した、中年の男の顔だった。
少し眉をしかめ、固く目を閉じている。眉間の辺りが、ぴくぴくと動いている。
特に驚きもせず、じっくり観察した後で、加賀美さんは座敷に戻った。
「どうだった!?」
先輩はじめ、座敷にいた人々が一斉に寄ってきた。
「ありましたよ」
加賀美さんはその時ふと、その表情によって吉凶を占うということを思い出した。
首の表情は、あまり心地よさそうなものではなかった。もしや凶兆なのでは? と思ったが、きちんと見た通りに説明した。
彼の話を聞いた先輩たちは、予想に反して、ほっと胸を撫で下ろした。
「いやぁ~、よかった!」
そう言い合って、お酒を注ぎ足し合ったりしている。
「いや、助かった! ありがとう!」
テンションの高い先輩や親戚たちに囲まれ、加賀美さんは気が付いたら酔い潰されていた。
「あれなぁ。本当にまずいのは、笑ってる時なんだ」
二日酔いの翌日、先輩が教えてくれた。
6年前、先輩の叔父が見た時、生首は実に嬉しそうに微笑んでいたという。
それから3年間、先輩たちの一族に不幸が相次いだ。
「それ以来、また笑うんじゃないかと思うと怖くてさ……誰も見たがらなくなった。俺も見たくない」
俺の弟も死んだしなと言って、先輩は一旦口をつぐんだ。
「なぁ加賀美。あの首、うちの何なんだろうな。どうして不幸の前に、そんな顔して笑うんだろう。何か恨みでもあるのかね」
そう言うと、先輩はもう生首の話はしなかった。
次の日、加賀美さんは東京に帰った。
その先輩は、それから1年ほどして退職した。
郷里に帰るのだと聞いたが、その後の消息は知らないという。
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