第6話 加賀美一尚・深爪
加賀美さんの実家はとある地方の神社だが、今はわけあってほぼ絶縁状態になっている。神社は彼の弟が跡を継ぐことに決まっているそうだ。
「弟は俺なんかよりもっと凄いよ。見えるだけじゃなくてくっついて来られるから、昔は苦労してたな」
加賀美さんが小さな頃、家に帰ると弟が爪を切られていることが度々あった。
決して伸びているわけではない爪を、加賀美さんの母親と祖母が押さえつけ、肉と爪の間に爪切りをねじ込むようにして、無理やり切るのだという。
爪を切ると、母親がそれを持って庭に出る。小さな焚き火をおこして、祝詞のようなものを唱えながらそれを焼くのだ。
母親も祖母も、跡取りである弟を普段から大事に扱っていたのに、どうしてあんな酷いことをしてまで爪を切るのかわからず、そのことが加賀美さんには怖かった。
ある日の夕方、加賀美さんが友達の家から帰ってくると、家の奥から弟の泣き叫ぶ声がする。
(ああ、また爪切ってるんだ)
そんなことを思いながらゆっくり靴を脱いだ。家の中に入っていくのがたまらなく億劫だった。当時の彼にできることといえば、爪を切り終わった後の弟に、プロレスラーの物真似をしてやることくらいだった。
少しすると声は止み、長く薄暗い廊下の奥から、両手を前に出した母親が、滑るように姿を現した。
その後ろに、薄汚れたコートを着た女が立っていた。
目鼻が溶けて、滲んだような顔立ちをしていた。
女は母親の後を追うようについていく。母親はいつも通りに庭に出ると、切った爪を燃やして祝詞をあげた。脳みそまで焦げ臭くなりそうな、厭な臭いが漂ってきた。
ふと気づくと、いつの間にか女はいなくなっていた。
「今日のは強かったね」
少し離れたところから見守っていた加賀美さんの方を向いて、母親が言った。
「材木置き場のところから、くっつけてきたんだって。よかった、爪だけで済んで」
ほっとため息をつくと、母親は家の中に入っていった。
「だから小さい頃の弟は、よく深爪してたよ。大きくなったらやらなくなったけど、それでもしょっちゅう切ってたからかな。爪は小さいままだったな」
加賀美さんはそう言って、自分の手の爪をまじまじと見た。
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