第5話 加賀美一尚・おかえり

 あるとき、加賀美さんに突然呼び出された僕は、こんな話を聞かされた。




 加賀美さんの職場の後輩に、篠田さんという女性社員がいる。席が隣同士なので、ちょくちょく話しているうちに仲良くなったそうだ。


 その彼女から、相談事を持ちかけられたという。


「他人に話しちゃっていいんですか? 篠田さんの悩み事でしょ」


 話を聞く前に一応確認すると、


「いいからいいから。俺も四郎に相談したいことがあるから」


 そう返された。




 篠田さんは、会社から電車で30分ほどの街で一人暮らしをしている。閑静な住宅街の一角にある、築浅のアパートの2階だそうだ。


 ある夜、篠田さんはごく普通に退勤し、ごく普通に家に帰り着いた。いつものように鍵を開け、部屋に入る。そして、すぐ脇にある電灯のスイッチを押す。


「おかえりいいいいぃぃぃぃ」


 暗い部屋の奥から、顔中に黄ばんだ包帯を巻いた女が、ばたばたと走り寄ってきた。


 篠田さんは悲鳴を上げながら、とっさに玄関の外に走り出た。その声を聞いたのか、隣の部屋から顔見知りの男性が顔を出した。


「どうかしました?」


 部屋の中に不審者がいた、と伝えて一緒に扉を開けると、誰もいない。


 念のため一緒に部屋の中に入り、人が隠れられそうなクローゼットや、ベッドの下を確認して回った。


 狭い部屋中を見回って、残るはトイレだけとなった。開ける決心がつかない篠田さんを見かねて、隣人も一緒に開けてくれるという。


「せーの」


 2人で声を揃えてドアを開ける。その瞬間、背後でバタン! と大きな音がした。


 玄関の扉が閉まる音だ、と篠田さんは思った。振り向いたが、玄関の扉は鍵が閉まっており、チェーンまでかかっていた。


 トイレの中には、やはり誰もいなかった。




「結局誰もいなくて、あれは何だったのかと。お化けの類じゃないかと」


「それで加賀美さんに相談ですか」


 また遭遇しないかと思うと、篠田さんは毎日部屋に帰るのが怖いらしい。金銭面の問題からすぐに引っ越すわけにもいかず、とても困っているのだという。


「可哀想だろ? でさ、今度の金曜、その子の部屋を見に行くことになったんだけど」


「加賀美さんって、そういうのに関わらないスタンスじゃないんですか?」


「そうなんだけど、女の子が部屋に入れてくれるんだよ? 行くしかないよね? それで、お土産何持ってったらいいかな? あと、トイレは済ませてった方がいい?」


 相談とは、そういうことだったのか。


「ていうか加賀美さん、ぶっちゃけ除霊とかできるんですか?」


「できないよ! でも女の子の部屋に入れるんだよ? すごい可愛い子なんだよ? どうなの? 俺はどうしたらいいの?」


「30過ぎて何聞いてんすか……」




 加賀美さんが職場でどんなキャラなのか、僕は知らない。


 ただ、篠田さんはお化け以外にも気を付けた方がいいものがある、と思う。

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