第18話 谷中礼一・ひみつ

 谷中には、2歳上の従兄がいた。


 同じ町内に住んでおり、また年が近いこともあって、仲がよかった。




 谷中が高校生のとき、従兄の家に呼ばれた。


「俺ギター買ったから、教えてくれよ」


 中学生からギターを弾き始めた谷中には、それなりのアドバンテージがある。「俺も大して上手くないぞ」と言いつつ、自分のギターを持って従兄の家に行った。


 従兄曰わく、「もらったから始めることにした」というエレキギターを見ると、谷中の好きなアーティストが使っているのと同じものだ。高校生の彼にはとても手が出ない代物だった。


「すげえ。俺が欲しいくらいだよ」


「ははは。まぁ、俺にギターの才能がなかったら、譲ってやらなくもないな」


「マジか。じゃ俺、教えるのやめようかな」


 とは言いつつ、ちゃんと一緒に練習した。


「こんな高いもの、誰にもらったんだ?」


 そう尋ねると、従兄は「ひみつ」と答えて笑ったという。




 月日が経ち、大学生になった谷中は上京した。地元にいる従兄とは会う頻度が減ったが、変わらず仲はよかった。


 大学3年生の春、突然従兄から連絡があった。


『俺のギター、お前にやるわ。明後日取りに来いよ』


 電話で突然そう言われた。


「明後日って、急過ぎるぞ。俺も予定あるし」


 言い終わらないうちに電話が切れた。かけ直してもつながらないし、メールも返ってこない。まぁでも、メールしたからいいか、と放っておくことにした。


 次の日、谷中の実家から電話があった。


 従兄が亡くなったという知らせだった。


 谷中は次の日の予定をキャンセルして、急遽地元に帰ることにした。


 時刻はすでに夕方。実家に着いた時には夜も遅く、従兄の家には次の日に行くことになった。


 従兄が言った通り、「明後日」に彼の家を訪ねることになってしまったことに、とても嫌な感じがした。




 谷中の趣味がギターだということは、彼の伯父・伯母である従兄の両親も知っていた。


「弾いてくれる人がもらってくれたら嬉しいから」


 と、例のギターをもらって帰ることになった。


 従兄は、事故で亡くなったとだけ聞かされた。


 なぜか棺の蓋は堅く閉ざされ、顔の部分の小窓も開けられないまま、荼毘に付されてしまった。




「そのギターって、こないだライブの時に持ってたやつか?」


 僕が尋ねると、谷中は首を振った。


「売った」


 どうして形見のギターを売ってしまったのか、理由を聞くと、


「ひみつ」


 とだけ返ってきた。

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