第3話 番外編・例の更地
地元で夏祭りがあった帰り道、木戸くんは彼女と一緒に、夜の住宅街を歩いていた。
夜の11時近くだったという。大きな祭りの後だというのに、周囲には人の姿はない。慣れない下駄で足が遅くなる彼女を気遣いながら、ゆっくり歩いていると、前方に更地が見えた。
家一軒ほどの広さで、すっかり何もなくなった土地の真ん中に、「売地」と書かれた白い立札が立っている。
「こういうとこって、前にどういう建物が建ってたか思い出せないんだよなぁ。なぁ、そういうことない?」
そう言いながら振り返ると、彼女が後ろから肘を掴んできた。
そのままぐいぐいと前へ行こうとする。さっきまでペンギンのような歩き方だったのに、やけに急いでいる様子だ。
「どうかした?」
「いいから、早く帰ろ」
そう言ってむやみにせかそうとする。トイレに行きたいのかな? などと思いつつ、木戸くんは後ろを振り返った。あの更地に何があったのか、まだ気になっていたのだ。
「何振り返ってんの!?」
その途端、彼女にものすごい勢いで怒鳴られた。
「えっ、ちょっと気になって……」
「見ないで! 黒いのがいっぱいいるのっ!」
「はぁ?」
そんなものいたのか? と思わずまた振り返ると、「だから振り返らないでって!」とまた怒鳴られた。
後ろに立つ彼女の顔は血の気がなく、ぎょっとするほど白かった。
わけもなく「いけない」と思ったという。その時、彼女の膝が急にがくんと落ちて、その場に座り込んでしまった。
「お、おい、どうした?」
「はぁっ、もうだめっ! 駄目だっ! 私もう駄目だ!」
彼女の見開いた両目から、ぼろぼろと涙が流れている。木戸くんはパニックになりかけたが、ともかく立たせようと彼女の手を引っ張った。
小柄で華奢な彼女である。だが、異様に重い。びくともしない。
「痛い! 痛い!」
腕を引っ張られて、彼女が叫んだ。
「うわ……どうしよう、どうしよう」
誰かに助けを求めようにも、人通りはまったくない。
「俺、だ、誰か呼んでくるから! 待ってて!」
木戸くんは彼女の手を離し、一番近くの家に飛び込んだ。その瞬間背後で彼女が呟く声がした。
「だから駄目なんだって」
振り返ると、彼女の姿が消えていた。
それから彼女とは、音信不通になっている。
「いや、いなくなっちゃったわけじゃないんですよ。あの後家にはちゃんと帰ったらしいし、学校にも行ってるそうなんですけど、俺にだけどうしても会ってくれないんですよ……」
木戸くんは、何度も振り返ったことを心底後悔しているという。
ちなみにふたりが通りかかった更地については、心当たりがある。そこには以前、ごく普通の住宅が建っていたはずだ。
その家についての話は、確か「黒くなる家」というタイトルで書き留めておいたと記憶している。
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