第47話

「もしかして、それもあなたが引き受けていたの?」

「ああ」


 そうか……


 なんだかもう何を聞いても驚かなくなっていた。

「あいつにそのつらさを耐えるだけの強さがあるか心配なんだ」


 そうだな

 ずっと逃げていた俺に耐えられるだろうか


「大丈夫よ、きっと」

 玲は力強く言った。

「彼はもう逃げないと私に約束したわ。それに、彼にはあなたがついているわ」


 こいつは――消えるんじゃないのか?

 ついているってどういうことだ?


「僕はやっぱりそうすべきなのかな」

「ええ。だって元々は、あなたたちは一人なんですもの。どちらがいなくなっても駄目だと思うわ」


 ――そうか

 記憶の共有……

 そういうことだったのか


「僕には消える自由さえない、ということか」

「そうじゃないわ。あなたには消える意志がない。そうでしょ?」

「ああ……やっぱり君は何でも分かってしまうんだね」

「心を覗かなくても、あなたの顔を見れば分かるわ」


 こいつは今どんな顔をしているんだろう……


「僕がどんな顔してるか気にしてるやつがいるよ」

 二人は声をあげて笑った。

 

 やがて彼は落ち着いて言った。

「最後に教えてほしい」

「私に分かることであれば、なんでも」

「僕としての意識は残るのかな」

 玲は少し難しい顔をして、しかしはっきりと答えた。

「たぶん、あなたという『個』としては残らない」

「そうか……」

「私には本当のところは分からないわ。でも、きっとあなたはパズルでいう最後の一つなの。あなたという『個』は残らないけど、あなたがいないと中川卓也という『個』にはなれない。だからあなたとしての意識は残らないけど、消えてはなくならないわ」

「そうか……僕がいて完成するんだね」

「あなたがいなきゃ完成できないの」

「融合――というか、それは簡単にできるものなのかな」

「私が少し手伝うわ。ただ、あなたたちが揃って同じ気持ちなら、すぐに終わるはずよ」

「終わる……か」

 彼は少し寂しそうにつぶやいた。

「ええ、あなたたちの悪夢はこれで終わるわ。この先何があっても耐えられる強さを手に入れて、ね」


 本当にいいのか?

 俺なんかと一緒になって、意識がなくなって……

 それで――いいのか?


「いいんだよ」

 俺の思いに彼は答える。

「君が迷ってたら、僕は帰れないじゃないか」


 帰る……


「ああ。僕は少し遠くへ旅をしていただけだ。自分の居場所に帰るだけなんだ」


 胸がいっぱいで何も言えなくなった

 でも――こいつは分かってくれているに違いない


「色々とごめんね。本当にありがとう」

 彼は玲に別れを告げた。

「私たちはきっと長い悪夢を見ていたんだわ。でも、もう目覚めなきゃね」

「そうだね。最後にもう一つだけ……夢を見させてくれないか」

 そう言って彼は、彼女の頬にそっと触れた。

「あなたのことは忘れないわ」

「……ありがとう」

 優しくあたたかい口づけをする。


 遠くから玲の声が聞こえてきた。

「今から数を数えるわ。私が十数え――」

 首の後ろが猛烈に熱くなり、チリチリと焼け付くように痛み出す。


 耐えるんだ

 あいつの分まで……


 ――どのくらい経ったのだろう。

 急に目の前が明るくなった。

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