第42話

「そうみたいだ。僕が泣くなんて、君は困るだろうね」

「えっ……」

 彼女は目に見えてうろたえた。

「この先の展開が読めなくなったってとこだろう」

「とりあえず……全てを聞いてから。それからのことだわ」

「どこまでも気が強いな、君は。いいだろう」

 彼は冷めたコーヒーを飲み干した。

「三人の死のあと、君自身の番がきた」

「ちょっと待って。父親のことは?」

「父親? 何のことかな」

「あなたじゃないの? そういえば中川君も知らないって……」


 そういえば俺にも同じことを言っていた

 父親の夢で新聞記事が別人で間違ったとか……

 こいつも知らないのか


「まぁいいわ。どうせ間違いだったんだし。次は私の番だったわね」

「最初は君を殺すつもりだったんだ。大切な人たちがいなくなって僕に殺される。夢の中で殺された人間が実際にはどうなるのかなんて分からない。普通に目覚めるかもしれないし、原因不明で眠り続けるのか死んでしまうのか――そんなことはどうでもよかった」

「そうね。私にも分からない。だけど、もしかしたら絶望のあまり眠り続けてしまうかもしれないわね」

「僕はそれまではどうでもいいと思っていた。でも君が僕の手を大好きだと、僕の声を聞いてみたいと思ってくれた。その時に僕の思いが噴きだしたんだ」


 心が――震えている

 悲しみが痛いほど伝わってくる

 俺は、こんな思いをこいつにさせていたのか

 俺が弱虫だったために、もう一人の自分をこんなにも悲しませ追い詰めてしまっていたのか……


 自分の情けなさとこの悲しみと、そしてもう一人の自分への申し訳なさで胸が張り裂けそうになる。

「だから桜、だったのね」

「もともと思っていたんだ。桜が羨ましいと」


 今思えば

 玲はいつも桜の木を見ていた


「一番分からないのはね」

 彼女は言葉を切って窓の外を見た。

「一番分からないのは、なぜ私に夢を見せたのかということ。内容については経緯もよく分かったわ。でも、なぜなの? なぜ私に夢を見せる必要があったの?」

「さっき言ったじゃないか。君のことが好きだからだよ」


 好きならつらい思いをさせるのは逆じゃないのか……


「そして、寂しくなれば僕と一緒になってくれると思ったんだ」

「でもね」

 玲は彼の言葉を遮るように口を挟む。

「でも、それは夢なのよ。現実ではないの。あなたたちの身に起きたことは現実。でも私に起こしたことは夢の――」

「分かってる」

 今度は彼が玲の言葉を遮る。

「分かってるさ、それくらい。だけど……じゃ、どうしろっていうんだ」

 彼は立ち上がって窓辺へ行く。

 背を向けたため、彼女の表情が見えない。

「僕はいくら頑張ったって僕なんだ。あいつが消えるときは僕も消える。でも僕が消えてもあいつは残る。どんなにつらいことや悲しいことがあったって、僕が主役になることはない」


 怒っているのか悲しんでいるのか――俺には分からなかった

「だって僕は『夢』なんだ。あいつが作り出した『夢』の一部にすぎないんだよ。現実じゃないんだ。現実じゃないのになんでこんな感情を持たなきゃいけないんだ。つらい……つらいんだよ。君を見ていることがこんなにつらいなら――」


 ――ごめん……本当に俺が悪かった


「夢の中に帰りたかったんだ。感情のない桜の木になって……君と夢の中で一緒に生きたかったんだ」

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