夢の結末
第34話
いつの間にか雨が降り始めていた。
「これは夢ではないって、そう思ったわ。だから目が覚めてすぐに、見たままを書き留めておいたの。友達の次は母の自殺、そして一つ間違えて私の番」
一つ間違えて?
何のことだ?
「間違いって?」
「父のことよ。結局は別人の新聞記事だったから、あなたの夢へは組み入れなかったの」
何のことだかまったく分からない。
父親の夢を俺が見せて、それが間違い?
「……頭がおかしくなりそうだ」
「その他にも何だかしっくりいかないところもあったのよ。でも、あなたがきてお酒を飲んで夢のようなものを見て。それしかないと思った私は、土曜日の夜あなたがもう一度ここに来るのを待っていたの」
「待ってた? どうして?」
「夢がおわってなかったから。私は夢の中で結末を迎える前に目が覚めた。でも、このままではあなたの中の夢がおわらなくなってしまう。必ずおわらせに来る。そう思ってたの」
そして――
「俺はここへ……来たんだな」
「ええ。前の日と同じようにね。ただ……あなただけど別人のようだった。私は何も気付かないふりをして、できるだけお酒を飲まないようにして、寝たふりをしたの」
「寝たふり。眠ってはいなかったのか」
「そのうち眠くなってきて、ところどころ眠ってたけどね」
そういって肩をすくめた。
「あなたは話しはじめたわ。私の耳元でゆっくりと。私に夢を見せた理由やあなたの思いを、優しくゆっくりと話したの」
眠りが浅い時に聞いたものは夢となり、記憶に残る
ましてや薬となると……
「眠っているような起きているような時に聞くあなたの語りはとても心地よくて。でもあなたの思いが噴出したとき、私の心は切なさでいっぱいになった」
玲は胸を押さえた。
「不思議ね……このまま桜の木になってもいい。そう思ったわ」
「桜……」
それは、俺の中の何かを揺り起こした。
「聞きたいことがある」
「何かしら?」
「俺は、誰なんだ?」
彼女は一瞬驚いた表情を見せたが、すぐに何かを悟ったようだった。
「……分かったわ。でも、これだけは覚えておいて。あなたは中川君よ。私と一緒に製薬会社に入社したの。そして、少しおっちょこちょいだけど、人を笑わせたり和ませたりすることのできる、とてもいい人。私の話を聞いたあとは、あなたは元の中川君ではなくなってしまうかもしれない。でも、私もみんなも変わらずあなたのことを好きだし、あなた自身を一人の人間として認めているわ」
玲は、課長と――そして彼女の父親と同じようなことを言った。
「ああ……忘れないよ」
「あなたが夢を見なかった日までのことを先に話すわね。私に見せた夢を、あなたのせいでみんなが死んだようにしたかった私は、急いで夢を作ったわ。そして土曜日に話し疲れてうとうとしているあなたに語りかけたの」
「何を……?」
「明日の夜もここに来てお酒を飲みましょうって。そして朝には見た夢以外はすべて忘れましょうって」
催眠術――か
「真似事のようなものよ。こんな力でも役に立つことがあったわ」
苦笑しながら彼女は言った。
「姉、友達、母。あなたが夢を作った時の気持ちを探ってシナリオを作っていくうちに、ある疑問が浮かんできた」
「疑問?」
「ええ。だから、あなたが母を自殺に追い込んだ夢を作ったあと、二日間ほどあなたの実家がある九州へ行ってきたの」
実家。あれ以来ほとんど帰っていない。
あれ……
あれって――何だ?
忘れている。
俺はとても大事なことを何か、忘れている。
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