第27話

 会社の駐車場に彼女が立っている。

 誰かを待っているようだ。


 ――俺か?

 まさかな……


 暗くてよく見えないが、誰かきた。


 あれは――まさか


 何を話しているのか、事務所の二階まではさすがに聞こえてこない。

 そのうち彼女がもたれかかったように見えた。

 俺は階段を駆け下り、駐車場を駆け抜け公園へと急いだ。

 そこには、作業服を着た男が数人、桜の木を取り囲んでいた。

 急に首の後ろが熱くなり、鼓動が激しくなる。


 この人たちは、一体……


 その中に見覚えのある人物が一人いた。玲の父親だ。

 俺は駆け寄り声をかけた。

「あの、一体何を……」

 父親はゆっくりと振り向いた。

「今からこの桜の木を切るんだよ」

「えっ……」

「この木はもう老木でね。不思議なものでこのくらいになると悪い気というか、そういう力を持つようになる。ほら、桜の木の下には死体があるとか、変な噂というか、よく言われてるだろ」

 たしかに、そんな話を聞いたことはある。

「でも……そんなのただの噂話か迷信で――」

 言い終わらないうちに、誰かが合図をした。

「お別れだ」

 彼女の父親が、手にしたチェーンソーを桜の木にあてた。それがゆっくりと、木の肌にくい込んでいく。

 下がって見ていた俺は、わき腹に違和感を覚える。

「…………」

 そこを触った手が真っ赤に染まる。

「え……あ、これって……まさか……? やっ、やめてくれ! その木には――」

 俺の声は騒音にかき消される。

 少しずつゆっくりと、しかし確実に木の切り口は深くなっていく。

 それと同時に、俺の体は重心を失い不安定になっていく。

 痛みというよりは、体を雑巾のようにねじられている感覚だ。

 切れ込みが半分を過ぎた頃、木が傾きはじめた。

 同時に、俺の体も上半身だけが傾きはじめる。

「やめ……ろ……」

 チェーンソーの音が止み、めりめりという音とともにゆっくりと桜の木が倒れた。そして俺の体も、腰から上だけが音もなくゆっくりと倒れた。

 地面に横になった俺の目には、桜の切り株と――その横に生えた俺の下半身が映っていた。


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