第20話
池に木の葉が落ちて水面が揺れた。
「今日は、いい天気だな」
玲の父親の声で我に返った。
「え? あ……はい」
「ところで中川君」
それまでの会話がなかったかのように、普通に話しかけられる。
「玲がいなくなってから、あの子のアパートに行ってみたかね?」
俺も、なぜかさっきまでの動揺を忘れていた。
「えっと……たしか月曜日の仕事帰りに。次の日から探すことになるからと、部屋の前まで行ってみました」
「そうか。その時何か変わったことはなかったかな」
「別に何も。ドアには鍵がかかってたし、窓はカーテンがきっちり閉められていて、特に何も」
特に変わったことは何もなかったが、なんとなく嫌な感じがして不安になって、早々に立ち去ったのを覚えている。
「……原点にかえるのも大事なことかもしれないな」
父親はそう言うと立ち上がった。俺もつられて立ち上がる。
「なあ、中川君。人は誰でも不思議な力を秘めている。それに気付く人もいれば、気が付かないまま寿命を全うする人もいる」
「不思議な、ちから……」
「そう。僕も玲も、自分の意思とは関係なく、生まれながらにして不思議な力を持っていた」
この親子のちから――現実に起こる出来事を、あらかじめ夢で見てしまうという不思議な力。
「生まれつきの力と、こうありたいと願うあまりに生み出される力。はたしてどちらが不幸なのか……」
こうありたいと――願うあまり……
「そうだな……それが答えなんだろう」
父親が俺の顔を見てつぶやいた。俺は、自分の意思とは関係なく、また泣いていた。
「……玲は元気だよ」
彼女の父親は俺から視線をそらして、そう言った。
「あの子なら大丈夫だ。君も知っているだろうが、芯の強いしっかりした子だ。少々のことではびくともしない」
俺は黙ったまま涙を拭った。
「ただ、少し気が強すぎる」
少し困った様子の父親に、なぜかほっとする。
「こんな方法でなくてもよかったんだ。気付かせるには、会って話すだけで充分だった。それなのに」
何のことだかよく分からない。
「あの……」
「中川君。話してみて分かったが、君はとてもいい青年だ。自分で思っているほど頭も悪くないし、見た目もなかなかだよ」
「え……あ、どうも……」
「いいかね」
玲の父親が俺の肩をつかむ。
「自信を持つんだ。現実をしっかりと見つめて、決して逃げ出さないように」
五日前――玲の課長が俺にそうしたように、彼女の父親が俺の肩をつかみ逃げるなという。あのときは何が何だか全く分からなかったが、今はなんとなく――頭ではなく、心が頷いている。
「……はい」
「君は、君だ。他の誰でもない。僕は、ちょっとおっちょこちょいで人の話をあまり聞いてないけど、とても愛嬌のある君が好きだよ。きっと会社の人や友達や家族も君のことが好きなはずだ」
「…………」
「迷ったときには思い出しなさい。みんな、そのままの君を認めていると。君のことが大好きなんだと」
俺のことを認めて……
「必ず君のままで帰ってきてくれると信じているよ」
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