3-5

 目を開けると、信じられないことにゾンビたちが僕らに向かってバイバイと手を振っていた。


 僕があんぐりと口を開けていると、出てきた時の様子を逆再生するみたいにズボズボと地面に吸い込まれていった。


 咲ちゃんは得意げな顔をして「やったー! ほら、やっぱりそうなんだよ!」と言った。


 でも、じゃあどうしてさっきは現実には戻れなかったんだろう。

 もしかすると、僕たちの想像で出現させた物は自由勝手にできるけど、この世界の出入りには干渉できないんだろうか。


 人もゾンビたちもいなくなった神社は抜け殻みたいなむなしさがあった。

 風の流れも止まっていて、まるで時間が止まったみたいだ。


 このままずっとこの神社から抜け出せないのだろうか。

 そう考えがよぎった時だった。


 唐突に祭りの照明も祭囃子の音楽も全て消え、辺りは静まり返った。月明かりの薄暗い光だけが参道や夜店、それに僕らをほのかに照らしている。


 一気に寂しさと不安が押し寄せてくる。


「なんだか世界に僕らだけ取り残されたみたいだ」

 思わずそんなことを口走ってしまう。

「……そうだね」

 僕は鳥居の根元に座り込む。


 咲ちゃんも僕の隣の少し離れたところに座って「ねぇ、何か話しようよ、せっかく久しぶりに会ったんだしさ」と言ってくれた。

 不安を紛らわせようとしてくれているのだろうか。


 暗さに目が慣れてきて、咲ちゃんが柔らかい笑顔を向けていることがなんとなくわかった。咲ちゃんに限っては不思議とあまり不安は感じていないようだった。


「咲ちゃん、昔とちょっと印象変わったね。ずっと言おうと思ってたんだけど」

「そう?」


「うん、昔はもっとこう、なんというか大人しい感じというか……あ、別に今が大人しくないってわけじゃなくて、あーなんて言ったらいいんだろ、積極的になった? というかなんというか、えっと、うまく言えないな」


 咲ちゃんは意外そうな顔をした後、何かに思い至ったようだった。


「そっか、ショウくんから見た昔の私って大人しかったんだ。でもね、私は昔もこんな感じの性格だったと思うけどな」


「えー、そうなのかな」

「そうなのだよ」

 不思議そうにしている僕をにやにやしながら観察してくる咲ちゃんを見て、心の奥底からたまらなく愛おしい気持ちがこみ上げてくるのがわかった。


 駄目なのに、そんな気持ちを持っても無駄なのに。


「ショウくんこそ、大きくなったね」

「そりゃそうだよ、もうハタチだもの」


「あ、そういえばさ、去年の成人式、なんで来なかったの? 中学の同窓会もしたんだよ?」

 咲ちゃんは僕の顔を覗き込んでくる。


「……えーと、確かゼミのレポート提出が間に合いそうになかったんだよ」

「嘘ばっかり」

「嘘じゃないよ」

 なぜか咲ちゃんはくすくすと笑う。


「なんで笑うの?」

「だってショウくん嘘つくとき、目がすっごい泳ぐんだもん、アニメみたいにさ」

 僕は慌てて目をパチパチさせた。


「……そんなに泳いでた?」

 彼女はにやりと笑った。

「やっぱ嘘だったんだ」

 あ、しまった、カマかけられてたのか。


「ふふ、泳いでるよ、クロマグロぐらい。なんでそんな嘘ついたの?」

「あー、とそれは……えーっとそれは……」

 言えるわけがない、咲ちゃんを忘れるためだなんて。


 当の本人は無言で僕をじっとり見てくる。

 なかなか答えない僕にしびれを切らしたのか「わかった! あれだ、大学でできた彼女と離れたくなかったんだ」と言ってきた。


「え、ち、違うよ」

 あわてて手を振って否定する。

「……正直だね」

 その瞳は僕をまっすぐに見つめていた。


 この人の前で嘘はつけない。

 僕はそう観念した。

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