3-4
急にゾンビたちがこちらに向き直ると「ゔぁぁ〜」とか「うらめしやー」とか、いかにもな声を上げた。
ラインダンスに飽きたのだろうか。それとも見向きもしなくなった僕たちに怒っているのか。
お化けたちは盆踊りのような阿波おどりのようなシュールな踊りは続けながら、ゆっくりこちらに近づいてくる。
奴らの存在をすっかり忘れていた。
というより、あまりにも緊張感が無かったので危機感が薄れていた。
どうする、戦うか? いや、戦う理由も勝てる算段もどこにもない。ならば、
「咲ちゃん、とにかく逃げよう」
明かりがある方を指差すと、咲ちゃんは頷いた。
もしかしたら祭りの会場の方にもなにか異変が起きているかもしれない。
細い道を走って抜けると、照明に照らされた参道と夜店が見えた。が、おかしい。
静かすぎる。
人がどこにも見当たらない。夜店の人も、祭りの参加者も、人の姿が見えない。
辺りにはスピーカーから聞こえる音の割れた祭囃子が場違いに鳴り響いてるだけだった。
「あ、ショウくんあれ!」
咲ちゃんが指差したほうを見ると小学生のショウくんと咲ちゃんが逃げるようにして真っ赤な鳥居をくぐっているところが見えた。
「よし、とにかく僕らも行こう」
ゾンビたちの声から逃げるようにして僕らが鳥居をくぐろうとした時だった。
何もないはずの空間に僕は押し戻されてしまった。
まるで透明なお相撲さんのお腹がそこにあるみたいに柔らかい感触に押し戻されてしまう。
「なんだこりゃ」
びっくりして咲ちゃんと顔を見合わせる。
「神社に閉じ込められちゃったのかな」
ちくしょう、でも考えている時間はない。
「咲ちゃん、ちょっと待ってて、これ押してみる。このっ……ぬぐぐ……」
無理やり空間を押して出ようとするけれど、押せば押すほど返ってくる力も強くなる。
僕はゴムに弾かれたみたいに後ろに吹き飛ばされ、石の参道の上を転がった。
「ショウくん!」
「痛っててて……」
身体のあちこちを打っていた。鼻に生暖かい感触があった。拭うと血が出ていた。
「ショウくん、これ使って」
咲ちゃんは僕にポケットティッシュを差し出してくれた。
「ありがとう、ごめん」
僕はそれを1枚出して右の鼻穴に突っ込んだ。ちくしょう、カッコ悪いなぁ。
「うーん、なんで痛かったり鼻血が出たりするんだ。ここってやっぱり夢の世界じゃないのかな」
「うん。きっとこれ、夢じゃないと思うよ」
咲ちゃんは意外にも落ち着いていた。
「ショウくん、私気付いたことがあるんだけどさ、もしかしてこれ『死霊の盆踊り』じゃない?」
「なにそれ?」
「超くだらないことで有名なB級映画だよ。知らない?」
「いや、ごめん知らないよ。聞いたこともない」
「私ね、こないだ友達と一緒に見たの。その映画にそっくりだったの。お化けが出てきて変な踊りするの」
それってつまり……どういうことだ?
「つまり、少なくともこの世界はショウくんの夢じゃないってことかな。だって私しか知らないことが起きてるんだから」
「むむむ、確かに。じゃあ僕は咲ちゃんの夢の登場人物なのかな? ……いや、それだと変だ。だってこの神社は僕の下宿先にある神社なんだ」
「そうなの、私この神社は見たことが無いの」
ますますわからない。
現実でもなければ夢でもない。
お化け屋敷の中なのか? でも距離が離れているのをなんて説明すればいいんだ。瞬間移動したってのか?
僕が迷っていると咲ちゃんが口を開いた。
「これは私の推測なんだけどね、『入口か出口』って書いてあるドアを開ける前におじさんが言ってたの、『想像力が人間にとっては一番怖い』って。もしかしたらここは私とショウくんの想像が混ざったの世界なのかも。もしかするとね。だとしたら、帰りたいって願えば帰れるのかもよ」
「そんなご都合主義みたいなことあるかな?」
とは思うものの、ゾンビたちはくねくね踊りながら近づいてくる。
何もしないよりましだ。咲ちゃんを信じよう。
「やってみよう」
「じゃあいくよショウくん、元の世界に帰りたいって願うの。せーのっ」
僕は目をつむり、両手をぎゅっと胸の前で握りしめて、心の中で『帰りたい帰りたい帰りたい』と念じ続けた。
ゆっくり目を開けたけど、相変わらずゾンビたちが腰をくねくねさせて踊っているだけだった。
「だめだよ咲ちゃん、効果なしだ」
咲ちゃんは不思議そうに「うーん」と首を捻った。
「じゃあ次はゾンビたちに帰ってもらえるよう念じてみよ? うまくいくかも」
咲ちゃんのこの発想はどこから来るのだろうか。
「うまくいくかな?」
「んー、わかんないけど、きっとうまくいくよ」
咲ちゃんと僕は並んでお化けたちに向かって立ち、一緒に「帰ってください帰ってください帰ってください……」と念じた。
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