1-3
店の中に入ると、立ったままテーブル席に手をついてテレビを見ていたエプロン姿のおばちゃんが「いらっしゃい」と僕を迎えてくれた。
ランチ終了間際の時間だからか、客は誰もいなかった。
年季の入った黒茶色のテーブル席に1人で座る。汗で濡れたシャツの背中が冷房で冷えていくのがわかる。
「あれ、今日はショウちゃん1人?」
柔らかな顔立ちのおばちゃんが氷水の入ったグラスを持ってきてくれた。
「お盆の時期はみんな実家に帰ってますからね」
「ショウちゃんは今年もここにおるの?」
僕は頷いて返す。
「ふーんそっか。あそうだ、注文なにする?」
「野菜カレーで」
「はいよ」
おばちゃんの注文を通す声を聞いて、調理場に座って新聞を見ていたおじちゃんがコンロに火を入れた。
このお店はずっと昔からこの夫婦二人できりもりしているらしい。
大学の先輩の話ではちょっと前までは年頃の娘さんがいて手伝っていたそうなのだが、僕はその子を見たことが無い。
しばらくして運ばれてきたカレーには揚げ焼きにしてあるナスやれんこん、にんじん、いんげん豆が山盛りになっていた。味は予想通りの独特な、しかし唯一無二のうまさだった。
噂ではこのメニューは野菜不足になりがちな貧乏学生のために開発されたものらしい。ありがたいことだ。
年季の入ったスプーンでカレーを頬張っていると、ふと座席の前の壁に貼ってあるお祭りのポスターがまた目に留まった。
じつはこの祭り、1回生のときに興味本位で行ったことがある。
ただ、家族連れや、カップル、地元の友だちとはしゃいでる学生ばかりが周りにいるのを見て「自分はなんで1人でこんなところにいるんだろう」という暗い気持ちになったきり2度目は行っていない。
友人はお盆のこの時期みんなほとんど地元に帰っているし、仕方がない。
僕はとある理由から極力地元には帰らないようにしていた。なので毎年いつも1人でこの古びたワンルームの下宿でゲームをしてだらだらと過ごしている。
「お祭り、来てくれるの? 私たちここはもうすぐ閉めて夜店の準備に行くのよ」
水を継ぎ足しにやって来たおばちゃんに話しかけられた。僕がポスターを見ていたからだろう。
「1人だと寂しいから、行かないかもですね」
そう僕が答えると、おばちゃんは不思議そうな顔をして言った。
「じゃあ彼女と来たら?」
しばらく、おばちゃんが何を言っているのかわからなかった。
まるで、パンが無ければケーキを食べればいいじゃない、と言うみたいな口調だった。
「え……やだなぁ、いないですよ、彼女なんて」
「えっ……あらそう」
おばちゃん今、可愛そうな目で僕を見たな。大学生にもなって彼女もいないなんて、という目だ。
大学生だって彼女や彼氏がいない人だってたくさんいるぞ、とんだ偏見だ。
「でもほら、お祭りで出会いがあるかもよ?」
「そんなの……あるわけないですよ」
「でも、部屋の中にいたら100%訪れるわけないでしょ?」
うっ。正論を言われて何も言い返せない。
おばちゃんは僕の食べ終わったお皿を片付けながら優しい声で言う。
「出会いなんて、待ってても来ないもんなのよ。出会いのチャンスは目の前に転がってても意外と気付かないものよ」
おせっかいなことだ、そんなの言われなくてもわかってる。
……頭では。
「はいこれ、サービス券」
おばちゃんが差し出したのは、お祭りで使える200円分の割引券だった。
「え、あ、ありがとうございます」
それをうっかり受け取ってしまった僕の背中をバシッと叩いたおばちゃんは「頑張んなよー」と含みを持たせた笑みを浮かべて応援してくれた。
が。
店を出て冷静になって考えてみる。
いや、そんなうまくいくものか?
本当に僕に出会いがあるなんてことが万が一にもあり得るだろうか?
そもそも、そんな不純な動機で神事である祭りに行ってもいいのか? バチが当たるんじゃないだろうか。
僕は家に着いた後もベッドの上で扇風機に当たりながら悶々と考えをめぐらした。
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