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 夏の夜は独特の匂いがある。


 この匂いを嗅ぐと、なぜだかノスタルジーな気分になるのは僕だけだろうか。

 例えば、そう、あの子と出会ったあの時もこんな匂いがしてたっけ、なんて考えてしまう。


 まだ空にオレンジ色と紺色のグラデーションが見える時刻。


 スピーカーから少し音の割れた祭囃子が流れてきていた。周りには金魚すくいや射的の夜店があり、そこから垂れ下がっているオレンジ色の照明がキラキラしている。

 浴衣姿の人も多くて、この一帯がまさにお祭り、これぞ日本の祭りです、といった雰囲気をかもし出していた。


 ちなみに、決して僕は出会いが欲しいだとかそんなな考えで祭りに来たのではない、おばちゃんにサービス券をもらったという義理があるから商店街の売り上げに貢献しに来ただけだ。


 断じて出会いを期待しているわけでは無い、断じて。


 ここのお祭りは神社の境内の中だけでこじんまりと行われる。だから近所の小学生なんかもよく参加している地域のお祭りって感じで、地元の人たちにとってはかなり馴染みの深いものだ。


 僕の地元でも似たような規模の神社で似たような祭りをやっていた。いわゆる地域の祭りってやつだ。


 つまり逆に言うと僕のような他所出身の人間にとっては知り合いもいないため少し肩身が狭い。

 こうして歩きながら屋台を眺めていても、商店街の肉屋のおっちゃんが牛串焼を焼いていたり、魚屋のおっちゃんが金魚すくいの店を出していたりして、顔見知りの客と楽しげに会話をしていた。


 ふと、お好み焼き屋さんの屋台からなんだか独特なソースの匂いが漂ってきた。

「あーショウくん! 来たんね、さすが、わたしの見込んだ男だわ」


 定食屋のおばちゃんはいつもと同じエプロン姿でお好み焼きを焼いていた。


 僕にとってこの場で話ができる知り合いはおばちゃんぐらいだ。


「お好み焼き、1枚300円よー」

 僕はもらったサービス券を出そうとしたけれど、それじゃお店の貢献にならないかと思って現金で払った。


 財布の中はサービス券と100円玉が2枚だけになった。


「はいどうぞ、ありがとうー! それで、どう? 出会いはあった?」

「まさか」

 僕が乾いた笑みを浮かべながらお好み焼きの入ったビニール袋を受け取った。ちょうどその時だった。


 夜店の後ろから浴衣姿の、僕と同い年くらいの、優しげな顔立ちの女の子が出てきた。

「浴衣こんな感じでよかったかな、お母さん」

「あら、似合ってるじゃないー」

「んふふ、ありがと」


 その女の子はお客さんである僕に気付いてふんわりとした雰囲気で微笑んだ。ウェーブのかかったセミロングの髪で母親のお古と思わしき落ち着いた紺色の浴衣がよく似合っていた。


「あ、そうだ紹介するわね。私の娘の沙耶さや。こっちはうちの常連のショウちゃん」

「あ、お母さんが話してたお客さん! いつもありがとうございます」

 キラキラと眩しい照明に照らされた沙耶さんがお辞儀をする。


「あ、いえ、はっはっは」

 知らなかった、おばちゃんの娘がこんなにかわいい系の美人だったなんて。

 もしかしておばちゃんが言っていた『チャンスは目の前に転がっている』というのはこのことなのだろうか。


 もしそうだとしたら、控えめに言っておばちゃんは神だ。

 僕は心の中で「お義母様ありがとうございます」と、ふかーくお礼を申し上げた。


 その時だった。


「こんばんわー、おばさん」

 後ろから男の人の声がした。


 振り返ると僕より10センチぐらい身長の高い、爽やかな感じの黒の浴衣を着込んだ人が立っていた。そいつからすんごいいい匂いが漂ってきた。やばい、僕の苦手な清楚系イケメンだ。


「沙耶、お待たせ、行こうぜ」

「あ、うん」


 沙耶ちゃんは嬉しそうにはにかむと、おばちゃんに「じゃあ行ってくるね」と言い、僕に会釈して男と一緒に行ってしまった。


 その様子をトンビに油揚げをさらわれたような顔をして見ていると「あ、あれは娘の彼氏のたっくん」と、思い出したようにおばちゃんは口に出した。


 僕は「騙したな!」と叫びたくなるのをぐっ……と堪えて「あー、あはは、そうなんですか」と、なんとか苦笑いをした。

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