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 体中の水分が染み出ていくみたいにだらだら汗を垂らして歩いていると、陽炎かげろうの向こうにややレトロな雰囲気を残した商店街が見えてきた。


 アーケードの入り口には少し錆びついた看板があり『うみはら商店街』と書かれている。

 あのポスターに載っていたお祭りはこの『うみはら商店街』と山の麓にある『海原神社』が主催で行われることになっている。


 入ってすぐにある八百屋さんの店先にはカラフルな果物たちに混ざって大きなスイカが置いてあった。大きなマイバッグを持ったおばちゃんが店主と話しながらそれを眺めていた。


 ネット通販や大型スーパーが小売業界を支配しているこの令和の時代にしては珍しくまだ活気のある商店街だと思う。


 商店街はおもしろい。毎日ちょっと違うものが仕入れてあったり、例えば魚屋さんが「今日は赤ムツがいいよー、煮物にしたらおいしいよ」なんて教えてくれる。

 

 そういう小さな発見が毎日あるってのが商店街の魅力だと思う。まぁ僕はもっぱら惣菜屋さんぐらいしか行かないけどね。


 魚屋の店先に並んだ変な顔の魚を横目に歩いていると、急にスパイスの効いたいい匂いがふわんと香ってきた。


 酸味が効いていて、でもとろりと甘くてじんわり辛いカレーの匂い。空腹を本能的に刺激するそれは漫画みたいに僕のお腹の音を鳴らせた。


 その独特な匂いのおかげでお店がわかる。よく大学の友人と行く定食屋さんだ。

 やけくそ気味に個性的な味付けのカレーや豚キムチ定食なんかが500円で食べられてはちゃめちゃにおいしい。


 貧乏学生の身の上なので1人のときは経済的理由からいつも利用を控えているのだけれど、今はさっきの匂いで僕の脳みその半分はカレーで埋め尽くされてしまった。


 財布を開けると、よれよれの1000円札が1枚入っているだけだった。今週末までこのお金だけで生き残らなければならない。

「けど……ま、いっか」


 計画性がミジンコレベルの僕は、欲望の赴くままにお店のガラス戸をガラガラと開けた。

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