夏夜の一流おばけやしき師

園長

第1話 こじらせ男

「失恋したことってある?」

 そう聞かれたら僕の答えはノーだ。


 だけど、その後に悔しくなってこう尋ね返したくなる。


「じゃあ、失恋できなかった奴の惨めさは知ってる?」


 そんなことを考える自分は、しかしひねくれているんだろうなと思う。

 

 〇   〇   〇


 その日僕はいつものように大学の図書館で快適に涼んでいたのだけれど、どういうわけか午後から休館らしく、家に帰る羽目になった。


 自動ドアが開いた瞬間、足元で風呂でも沸いてんじゃないかというレベルの熱気がむわっと僕を纏った。


 上空から降り注ぐもはや殺人的ともいえる太陽光のせいで外を出歩いている人はほとんどいない。

 蝉も暑さのせいで鳴くのを止めていて、辺りは昼間だというのに静まり返っていた。


 汗だくになりながらの帰り道を歩いていると、町内会の古びた掲示板に貼ってあるポスターに目が止まった。それは近所の神社でお盆の祭り『海原祭』があることを告げていた。


 お盆か、どうりで図書館も休館になるわけだ。


 掲示板の上にある空っぽになったコーヒーのプラコップは熱さでぐにゃりとひしゃげている。

 僕も突っ立っていると同じように膝下あたりから溶けてしまいそうだった。


 その時、道の逆側から高校の制服を着た男女が歩いてきた。


 このクソ暑いのに男が「おいそのジュースちょっとくれよ」と絡み始め、「えーやだ、だってこれ私の飲みさしだもん」と断った女の子の手からジュースを奪って飲んだ。

「もーちょっとホントやだー」と女の子は笑いながら彼の背中を叩いて歩いていく。


 僕はすれ違った後にその2人に向かってとりあえず即死系の攻撃魔法を唱えておいた。


 しばらくして後ろの遠く離れた場所から楽し気な笑い声がかすかに聞こえた。

 僕は大きなため息をついて再び自分の下宿目指して歩き始めた。


 入学の時にこの町に引っ越してきてから、あのお祭りのポスターを見るのも3回目になる。

 大学で履歴書に書けそうな活動をすることもなく、彼女もできず、進級できる単位だけをなんとか死守し、僕は3回生。

 そろそろ就職活動をしなくちゃならない時期になる。……不安だ。


 世には就職したら地元に帰るという人もいる。

 僕の地元はといえば、ここから電車で3時間ぐらいの、そこら中にコンビニがニョキニョキ生えている都会っぽい街だ。

 一方この町は、山と海に挟まれていて、ちょっと歩くだけで田んぼが見えるぐらいの田舎だ。おかげで家賃も安い。車も少なくて夜は快適に寝られる。

 そうだな、この町に就職するのも悪くないかもしれない。と最近思う。


 それに白状すると、僕には地元に戻りたくないある理由があるんだ。

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