第4話 

 気が付くと朝だった。


 僕は下宿のベッドの上に横たわっていた。

 カーテンの開いた窓からすこぶる眩しい光が降り注いでいて、太陽が「今日も1日暑くしまっせ~」と狂気的に意気込んでいるようだった。


 僕は上体を起こすと、枕元に置いてあるスマートフォンを手に取った。

 画面の日付はお祭りの次の日を示していた。


 あれは……やっぱり夢? だったんだろうか。


 だとしたらどこまでが夢で、どこまでが現実だったんだろうか。

 そもそも僕はどうやってこの下宿まで戻ってきたのだろう……。


 寝起きのもやもやとした頭で考えを巡らせる。


 あ、そうだ。


 ベッドのすぐ横に置いてある机の上に見えた財布に手を伸ばして中を確認してみる。


 100円玉が2枚、ころんと落ちてきた。そしてその後に1枚、名刺サイズの黄色い色画用紙にハンコが押されただけの券が出てきた。


 見ると[うみはら商店街 50円割引券~おばけやしき制覇おめでとう~]と書いてある。


 食堂のおばちゃんにもらった券はお祭りの割引券とは違う。

 必死にこの割引券をもらった時のことを思い出そうとしても、これっぽっちも思い出せない。


 でも、はっきり覚えていることもある。変な世界に迷い込んで、それで小さいころの僕と咲ちゃんの幻影を見て、それから確か大人になった咲ちゃんと話して、なぜか銀河鉄道に乗ってそれで……あ、そうだ、咲ちゃんに連絡するって約束したんだった。


 僕はベッドの上にあるスマートフォンに目を落とす。そいつはふてぶてしくも僕の枕の上で横になっていやがった。

 そしてそいつはこちらをねめつける様な顔で見てくる(ような気がした)。


 まるでスマートフォンが「あぁん? どうした? なにびびってんだよ、いいじゃねーか、『夢であなたと約束したから連絡しました』って言って、それで咲ちゃんとやらに気持ち悪がられたらヨォ、一生立ち直れないぜ、ヒャヒャヒャ」なんて言ってる(ような気がする)。


 いや、だが僕は覚えているんだ。咲ちゃんが「連絡してね」と言っていたことを、はっきりと。


 でも、ああ。状況が複雑すぎる。どうしてあんな夢の中の世界みたいなところで約束しちゃったんだろう。と、思っていた瞬間。


ピピー! ピピー! ピピー!


 と携帯が鳴って、僕の心臓も飛び跳ねた。

 まさか咲ちゃんの方から連絡が!? と思ったけど、ただのアラームだった。


「ふざけんじゃないわよ!」


 僕はケータイをふかふかの枕に叩きつけた。

 はぁと大きくため息をつくと、腕を組んで目を閉じ、本当に彼女に連絡すべきかどうか思案した。


 昨日のことを1から思い出して、記憶を反芻していく。

 そうしていくうちに、高度をじりじりと増す太陽が、徐々に部屋の暑さを不快なものにしていく。額からは汗が出てきて、顎の先まで垂れていった。


 そしてついに。


「よし」

 と僕は立ち上がって洗面所に行った。かがんで頭に水をじゃばーっとかけると、冷たい水が頭を冷やしてくれた。


 ごしごしと髪の毛を拭いてエアコンをつけた。

 僕はケータイを手に取る。


 あの夢の中の女の子が本当に現実の咲ちゃんだったのか、確かめてやる。確かめてやるぞ。


 僕が握りしめたスマートフォンは「ああいいぜ、やってみろよ。取り返しがつかないことになっても俺ぁ知らねぇぞ!」と脅してくる(ような気がした)。


 いいや、僕は連絡をする。するぞ。

 気合を入れて画面ロックを解除する。


「それにさ。もし、嫌われたらそれでもいいと思うんだ」

 自分のスマートフォンに泣きそうになりながら話しかける。


「だってさ、あの変ちくりんな世界だったけどさ、咲ちゃんと一緒にいることがなんだか楽しいってことを思い知らされてしまったんだよ。それに僕たちの小さいころの姿を見てさ、すごい後悔したんだよ。あぁなんであの時告白しておかなかったんだって、もしかしたらこんな楽しい子ども時代が過ごせたかもしれないのにって」


 通話アプリをタップする。


「嫌われることよりも存在を忘れられることの方が苦痛な事に、僕は気づいてしまったんだ。だから、もう後には引けないよ」

 電話帳の咲ちゃんの欄をタップする。


 僕のスマートフォンはもう何も言わなかった。

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