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 お化け屋敷のある本殿の方面に歩いていると、照明のついたテントの下に椅子と机が並んだ飲食スペースがあった。たこ焼きやお好み焼きをつつきながら談笑している沙耶ちゃん達のいる集団が目に入った。


 別にどうでもいいことだけど、沙耶ちゃんの彼氏がこっちを見て嘲笑を浮かべたような気がした。どうでもいいことだけど。


 しかしまったく。世の中の女と男の数は同じはずなのに、なぜ女の子にはもれなく彼氏がいて、男には彼女募集中のやつらばかりいるのだろう。きっとこの謎が解ければノーベル平和賞と物理学賞を同時に受賞するに違いない。


 そんなくだらないことを考えながら歩いていると、周りには小学生グループに家族連れやカップルもたくさんいて、皆は祭りをそれぞれに楽しんでいた。


 それにひきかえ、こんなところを一人で、しかも割引券目当てに半ばやけくそ気味に歩いているのなんて自分は一体何なんだろう。


 ま、いいんだ。今日は出会いに期待するなんて無駄なことはさっぱり諦めて、お化け屋敷に寄ったらさっさと家に帰ってゲームでもしよ。

 そう考えて大きなため息を地面に吐き出した、その時だった。


 僕の隣を小学校低学年ぐらいの甚平姿の男の子が人の間を縫うようにして駆けていった。

 その後を妹と思われる浴衣姿の女の子が「まってよ~」と言いながらを追いかけていて、石造りの参道でつまづいてべちっとこけた。頭にのっけていたプリキュアのお面が地面に落ちる。


 泣くかな、と思っていたら、意外に女の子はすっと立ち上がってお面を拾うとすぐに兄を追いかけていった。

 強い子だなーと感心していたら、女の子の転んだ参道の上に紐のついた小さながま口が落ちていた。さっき落っことしたんだ。


 いつもの僕なら、あるいは見て見ぬふりをしていたかもしれない。でも今はなんだか困っている人を放っておけない気持ちだった。


 僕は咄嗟にそれを拾って女の子に呼びかけた。

「ちょっと待って! おーい!」

 幸いにも女の子は僕の声に気付いて後ろを振り返ってくれた。


「これ、さっき落としたよ、君のじゃない?」

「あ、うん! そう」

 僕はしゃがみ込むと女の子にがま口を渡した。


 それと同時に後ろから「すみません、わざわざ、ありがとうございます」と話しかけられた。おっとりとした女性の声だった。

 振り向くと女の子の母親と思わしき浴衣姿の人がいて、頭を下げていた。


「いえいえ、お財布、失くさなくてよかったですよ」

「ほら、あなたもちゃんとお礼言いなさい」

 お母さんに促されて女の子は恥ずかしそうに「お兄さん、ありがとう」と言ってくれた。


 そして何かを思い出したかのように「そうだお兄ちゃんこれあげる!」と、さっき落としたプリキュアのお面を僕に差し出してくれた。

「え、僕に? ……え、えっと……いいの?」

「うん、さっきくじびきで当てたの。キュアフォンテーヌじゃないから、いいよ」


 キュア、フォ……? 何のことなんだろ。

 女の子から手渡されたピンク髪のお面をまじまじと見る。こんなセルロイドのお面、今でもちゃんと存在するんだな。本当にこれ、もらっちゃっていいのだろうか。


 僕が確認するようにして母親の方を見ると。小声で「本当は違う色のキャラクターが欲しかったらしくて。もし迷惑じゃなかったらもらってやってください」と、にこりと笑って教えてくれた。


 僕は女の子に向き直ると、「じゃあ……うん、ありがたくもらうよ」と、そのお面を受け取って頭につけた。

 女の子は嬉しそうな顔を僕に向けた。

「似合ってるね、お兄さん!」


 プリキュアのお面が似合う男子大学生ってどうなんだ。

 少し先にいた男の子が「お母さんたち早く、こっちこっち」と2人を呼んだ。


 母親はこちらに会釈してもう1度僕にお礼を言うと、女の子と手を繋いで歩いて行った。女の子は僕を振り返って小さく手を振ってくれた。


 ふと、僕はさっきまで寂しさで冷えついていた心が少しだけ和らいでいることに気付いた。

 人助けはするもんだなとプリキュアのお面を見てしみじみと思う。


 目に映るお祭りの風景も、さっきより悪くないもののように思えてきた。

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