第2話 真夏のおばけやしき

 境内の近くには、怪しい雰囲気を漂わせたお化け屋敷がずしんと構えていた。


 大きさは小学校の教室2つ分ぐらいあるだろうか。『お化け屋敷』と赤いペンキで書いた看板が取り付けてある。


 店の外には魚肉ソーセージみたいに長く首を伸ばした女の人、白い三角の布を頭につけた人、落ち武者、河童たちの人形が置いてあった。ところどころに塗装が剥げたり髪の毛が抜けかけたりしていて、古風な雰囲気を強調していた。


 それにしてもやたらお化けのチョイスが古い。だいたい河童ってお化けじゃなくて妖怪じゃないのか?

 しかしまぁ確かにその人形たちの年季の入りようが逆におどろおどろしいようでもある。


 つまりこれは見事に怪しいお化け屋敷だ、文句のつけようがない。これは何ですかと渋谷女子高生100人に聞いても100人がお化け屋敷だと言うだろう。

 が、一見してそれ以外に変わったところは何一つないようにも見える。


 一流のお化け屋敷師ってのはおばちゃんのでまかせだったのだろうか。はたまた中は凄いことになってるのだろうか。


 入口を見ると、白いよれよれのパッチに腹巻きをし、頭にハチマキを着けた怪しいおじさんが、ビール箱をひっくり返した上に座っていた。昭和の時代の白黒テレビから飛び出してきたみたいだ。こんなバカボンのパパみたいな恰好してる人、本当にいるんだな。なんかコスプレみたいだ。


 そんな怪さが爆発しているお化け屋敷なのだが、おばちゃんが言っていた「お祭りのメインイベント」とは思えないほど客足は少なかった。というか誰も寄ってきていなかった。


 不気味すぎていよいよもって怖くなってきた僕は、虎穴に入って割引券を得るか、諦めて週末は食べ飽きた袋ラーメンだけで食いしのぐかで迷った。

 お店の前でうんうん悩んでいると


「兄ちゃん」


 おじさんに呼びかけられた。僕は気付かないふりをしていたけれど「そこのあんただよ」と言われ、視線が合ってしまった。

 おじさんは腹巻きの中をごそごそと探ってあずき色のタバコ箱を取り出して言った。


「兄ちゃん、人間にとって本当に怖いものって何か知ってるかい?」

 本当に怖いもの……ジェットコースターとか、ホラー映画とか、夜の学校とか……あるいは留年とかだろうか。


 おじさんがマッチを擦ってタバコに火をつけると、先端から紫がかった煙がむくむくと出てくる。おじさんがふしゅーっと息を吐くとその煙は辺りを覆った。

 チーズケーキが焦げたような独特な臭いがして、思わずむせこんでしまった。


「ごほっげほっ……な、何なんですか? その本当に怖いものって」

 僕は答えを待ったが、おじさんは鼻から大量に煙を吹き出して言った。

「ま、それは入ってのお楽しみ、お1人様も大歓迎よー」


「いや、まだ入るって決めたわけじゃなくて、考え中というかなんというか」

 僕が必死に弁明していると、おじさんが僕の後ろを指差した。

「そんなこと言わずにほら、後ろにこんなにお客さんが並んでんだよ? 兄ちゃんが入らなくちゃ迷惑だろ?」


 客が並んでる? まさか。と思いながら後ろを振り返ってぎょっとした。

 そこには巨大テーマパークの人気アトラクションばりの長蛇の列ができていた。


 ばかな、こんなの嘘だ、さっきまで誰もいなかったのに。


「早く入ってよ」「まだかよー」なんていう不満の声も聞こえた。すぐ後ろに並んでいる女の人がスマホを見ていた顔を上げて視線をぶつけてきた。その目は妙に釣り上がっていて怖かった。


「ささ、お題は結構。後払いでいいからねー」

 おじさんは胡散臭い笑顔をにこにこさせながら僕の背中をぐいぐいと入り口へと押し込んだ。


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