第4話
それにしても、はたしてここから出たらどういう生活が待っているのか。俺はあまりそのあとの生活を考えたことがなかった。うーん、と悩みながら、外に出る。
酒のせいか、少し体が熱くなっていたし、ひんやりとした夜風が心地いい。いつもなら、まだにぎやかな声が聞こえるが、今日はみんなはしゃいで疲れたのだろう。もう、しんとしている。
そのまま何となく、いつも懐にしまっている懐中時計を取り出した。月の明かりにもきれいに輝く。これの美しさはいつも変わらない。あの日以来、初めて蓋をぱかりと開けると、そこには変わらずにあの画が入っている。……ああ、見るんじゃなかった。蓋を、しよう。
「その時計、とってもきれいね」
っ! 人がいたのか。慌てて声の方を振り返る。さすがにあの距離からでは見られていない、よな? あれは……。
「ミーヤ」
「ねえ、近くで見せて」
「え、あの……、ごめん」
思わず時計を握りしめる。これを他人の手に渡すのは少し怖い。
「そんな顔しないでよ。
無理に見せてなんて言わない」
「ありがとう」
俺が時計をしまうのを見ながら、気にしていない、と笑うとミーヤは隣に立つ。ミーヤは俺よりも前にこの孤児院に来た、同い年の女の子だ。確かリィナと一緒に部屋に行っていたよな。いつもよりも少しぼんやりしているし、やっぱりミーヤも飲んだんだろう。
「それにしてもさっきの時計、とても緻密だったね。
高そう。
やっぱりハールはいいところの出か」
「え、やっぱりって何?」
「ハールは初めからほかとは違う存在だったから。
周りと違って、なんだかきらきらとしていた。
だからすごい人なんだろうなって」
なんだそれは。かなり抽象的すぎる。でも、どうしよう。変に否定してもおかしいし、認めるのも危険かもしれない。あ、でもあれか。いいところだったら愛人もいるだろう、うん。そして母が亡くなって、子供が追い出されるということもあるはず! それに思い出したくないが、実際一応母も愛人、のようなものだったのだろう。よし、これでいこう。
「俺はすごい人ではないよ。
ただ、母がいいところの愛人だったから、かな」
俺の答えにうーん? と首をひねりつつ、でも一応納得しれくれる。一体この子はどうなっているんだろうか。前からこうやってよく、不思議な、鋭いことも言っている。って、なんでそこで黙り込むんだ。
母のことを口に出してから後悔する。今まで、それこそ商団の人たちにも二人の話をしたことはなかった。なのに今日はサランにミーヤに……、口が滑ってばかりだ。これもすべて酒のせい。うん、そうだ。飲むべきじゃなかった。でも、あの状況で断るのもな……。
これ以上失言を重ねたくなくて、口を閉ざす。その間もミーヤはぼんやりと空を見上げている。深呼吸をすると、なんとか気持ちを立て直すことができた。そろそろ中に戻るか、とミーヤの方を見ると何やら笑っている? どちらかというと、苦笑いって感じだが。
「……ねえ、ハールのところはどうだった?
サラン兄ちゃんって、いつも頼もしいからどうだったか想像できなくて」
「う―ん……。
詳しくは聞かないで。
ミーヤのところはリィナだったよね。
そっちこそどうだったの?」
「え、こっちには聞くの?
その反応見ると、たぶん似たような感じだよ」
確かに。ミーヤの反応見ててもそんな気がする。それに、リィナは少し気弱なイメージがある。もしかしたら、サランよりも大変だったかもしれない。やっぱりなんの当てもないところに飛び込むのはみんな不安だよな。
「それにしても、深刻な顔で一体何を言い出すのかと思ったよ……。
まあ、確かに不安なのはわかるけれど。
まさかサランがあんなことを考えていたなんて」
「そう、だね。
ここ最近、兄ちゃんも姉ちゃんも元気がなかったから、心配だったんだ。
でも、こういうことだったんだね」
はは、と力なく笑うミーヤ。あ、これ相当苦労したな。そういえば、自分のことで精いっぱいだったから完全に無視していたが、なんだかどこかの部屋から泣き声聞こえてきていた気がする。
「リィナ、泣いた?」
「もうずっと泣いていたよ。
……って、それはもういいの。
本当にここから出たらどうなるんだろう。
……まあ、ハールは大丈夫だよね
あなたには力があるから」
力って……。確かにある、といえばある、だろう。まあ、それがこれからに役だつかもわからないし。というかどうしてそれをミーヤが言い当てられるんだ。しかも疑問形でなく、言い切ったし。本当に不思議だ。
「ま、どうにかなるか。
というよりも、どうにかするしかないか。
当日は、村の人が迎えに来るんだっけ?」
「え、結論それでいいの!?
本当にミーヤは……。
そうだよ、村の人が来るって言っていた」
急に始まったと思ったら急に終わった……。いや、いいんだよ? なんだか納得したみたいだし。いいんだけど、なんか俺だけ話についていけない……。
「体冷えてきちゃった。
もう中に戻ろう?」
「うん、わかった、もうそれでいいよ。
確かにもういい時間だし、中に入ろう」
いや、何がって顔でこっち見てこないで。風邪ひいたら面倒だし、本当に早く中に入ろう。
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元気でね、と号泣しながらも伝える子供たち。それに笑顔で答えている。あんなに不安だって言っていたのが嘘のようだ。まだあの時の気持ちは消えていないだろうに、それでも小さい子たちを不安にさせないように笑顔を見せている。
「サラン、元気でね。
……あの時、俺に声をかけてくれてありがとう」
「ついかけちまっただけなんだがな。
でも、正解だったって今では思うよ。
ハールも元気でな」
「うん」
「おい、そろそろ行くぞ!」
「あ、はい。
それじゃあね」
また少し泣きそうな顔をしていたけれど、ちゃんと笑って村人たちと歩いていった。いつかまた会えることを楽しみにしよう。生きていたら、きっとまた会えるよね。
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