第12話


「スーハル、出かけよう!」


 えーっと? 今はまだ起きたばかり。なんなら朝食すら食べていない。なのになぜか、兄上に突撃されてしまっています?


「あの、兄上?

 一体どうしたのですか?」


「今は休みでな、せっかくならば外にいこうかと」


 外。外とはどこだろう。いつもの訓練場? でも、ならなんでこんな早い時間に来ているんだろうか。


「ど、どこに行くのですか?」


「ん?

 だから、外だよ」


 まあ行こうと連れ出されてしまった。まあ、兄上ならば変なところに連れて行かないだろう。


「さあ、行く前にこれに着替えて」


 着替え? さっき寝巻から着替えたばかりなんだけれど。不思議に思いながらも指示に従う。いつもよりも質が悪い服。これ、本当にもしかしてなんだけれど、外って城の外のこと?




「て、やっぱり城の外!?」


「そうだよ」


 いや、そうだよって。あ、まあ兄上にとって言っていた外が城の外ならばそういう反応でもおかしくない、のかな?


「僕、城の外って初めて来ました」


 この国ではどういう暮らしをしているんだろう。全く想像できない。楽しみ! ……で、なんで兄上はそんな視線を僕に向けているの?


「おんや、久しぶりじゃねえか、クルト」


 クルト? それって兄上のこと、だよね? ずいぶんと親し気な感じだ。それに呼び捨て。きっと相手が皇子だなんて思っていないんだ。


「ああ、久しぶりだね。

 あ、フーブを二つくれないか?

 まだ朝食も食べていないんだ」


「はは、あんたまた何も食べずにでてきたのかい?

 しかもよくこれを朝食に食べられるね。

 っと、その子は?」


「弟だよ、弟のスーだ」


 あ、僕はスーという名前なのか。きっと隊員の使っている名前をそのまま使ったら反応できるだろうという気遣いかな? ほら、と兄上に背を押される。そしてこっそりと俺のことは兄ちゃんと呼ぶように、と伝えてきた。つまり、やっぱり皇族としてはここでは振舞わないということだね。うん、わかった。


「はじめまして、スーといいます」


 今は普通の民だからね。ちゃんとぺこりと頭を下げますとも。


「おや、礼儀正しいね。

 ダメだよ、あんたの兄ちゃんみたいになっちゃ」


「どうしてですか?」


 むしろ僕は兄上のようになりたいんだが?


「その話はいいだろう……。

 金を」


「ふふ、今日はいいよ。

 かわいい子を紹介してもらったお礼だ」


「いや、この子はずっとこもっていてね。

 買い物というのをしたことがないんだ。

 それを教える目的もあるから、払わせてくれ」


「ああ、なるほど。

 そういうことなら銅貨10枚だよ」


「スー、いいか? 

 これがお金、商品と交換できるものだ。

 これが銅貨で、これが銀貨。

 ここにはないが、あとは大銀貨、金貨、白金貨がある。

 銅貨100枚が銀貨と同価値、ほかも100枚ごとに次のものと同じ価値になる。

 今は銅貨10枚、出せるか?」


 はい、とお金が入った革袋を渡される。かなり単純だし、これなら簡単に理解できる。渡された革袋から銅貨を10枚出す。


「お願いします」


「はいよ。

 うん、ぴったり10枚だ。

 よくわかったね」


 えらいえらいとほめてくれる。嬉しいけど、恥ずかしい……。確かに今は8歳。でも、一応大学生までの記憶が、あるんだよ。う、恥ずかしい。


 はい、と渡されたほかほかの何か。これってもしかして揚げパン? 横からひょいとそれを一つとると、兄上は一口食べる。


「うん、おいしいな。

 スーも食べるといい」


「あ、はい」


 ぱくり、と思い切って口にする。これやっぱり揚げパンだよ。久しぶりの味。うーん、おいしい。


「おいしいか?」


「はい!」


「はは、それは良かったよ。

 またおいで」


「はい!」


 おいしい揚げパン、ってこれなんて呼ばれていたんだっけ? 揚げパンではなかったよね、確か。


「あの、あに、兄ちゃん。

 これはなんという食べ物だっけ?」


「ああ、フーブ、だよ。

 美味しいだろう?」


「は、はい!」


 フーブ。名前はやっぱり違うんだね。


 そのあとは飲み物も購入。兄上は相当なじんでいるようで、いろんな人に声をかけられていた。そしてそのまま僕のこともかわいがってくれるんだよね。うう、人が温かい。


「さて、それではそろそろ帰ろうか。

 スーが付き合ってくれたおかげでとても楽しかったよ。

 おかげでこの後頑張れそうだ」


「この後、ですか?」


「ああ。

 昼食の後に呼ばれていてな」


 そこまで言うと、ほかに声を聞かれないようにか声を潜める。そして、皇帝と皇后に、と付け加えた。


「え!?

 それなのに今ここにいていいのですか?」


「だからもう戻るよ」


 帰ろう、と手を引かれる。そういうえば、こんな風に兄上と自由に過ごしたのは初めてかもしれない。いまさらながら、そんなことを思う。こんなに短い時間しか一緒に過ごせないなら、もっと遊べばよかったかも……。


「そんなに寂しそうな顔をするな。

 また遊びにこよう」


「はい」


 宿舎に戻ると、いつも通りの隊員と会う。そう、この格好を見ても何も言わないのだ。まあ、町の様子からもよく分かったけれど、本当に兄上が外に行くのはそこまで珍しいことではないのだ。


「やっと戻ってきましたか。

 すぐに準備を」

 

「すまん、リヒト」


 はは、と笑いながら謝っても、全然謝ってるように思えないですよ、兄上。リヒトもため息ついているし。そして、兄上は本当にすぐに準備をすると、行ってくる、といっていってしまった。あの一瞬で平民になじむ服から皇子らしい服に着替え、そして髪型も整えられている。すごい早わざだ。


「い、いってらっしゃい」


 なんとかそれを言うのが精一杯でした。あわただしい、だけれどとても安心する。


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