第10話


 さて、日にち代わって今日も訓練に顔を出しています。そう、僕が顔を出す訓練場なんて一つだけ、なのですが……。


「おい、スーベルハーニというのはお前か?」


 一体あなたは誰ですか? 見知らぬ人が入ってこれるのはまずいだろ、とか考えている場合ではないよね……。なんか見た目からして皇子の一人っぽいし。おそらく僕のすぐ上の兄だろう。でも、確信がない。


というか、皇子は暇なんですか? なんでわざわざ突っかかりに来るのかわからない。目障りなら、あの離宮の時のようにいっそ放っておいてくれればいいのに。ここでの暮らしも隊員の方たちが優しいし好きだけど、こういう時は懐かしく思えてしまう。


「おい、お前聞こえてるんだろ!

 返事くらいしたらどうだ」


 なんだかすでに怒ってらっしゃるし、なるようになれ、ですね。


「申し訳ありません。

 僕がスーベルハーニであっています。

 あなたは、カンペテルシア様、ですか?」


 僕の言葉に少し驚いた顔をする。だが、すぐに気を取り直したようだ。お前でも、さすがに僕の名前くらいは知っているんだな、と言ってきた。ほ、ほう。


「お前、今までまともに教師が付いたことないんだろう?

 仮にも皇族の一員なのに、どうせ魔法もまともに使えないんだろうな」


 ああ、はい。今まで、というのがいつをさしているのか知らないが、一応今は勉強はリヒトという教師がついてくれている。そして、魔法は兄上が。ここでちゃんと使えることを証明できなければ、きっと兄上の名誉も傷つけてしまう。


「魔法は、使えます。

 兄上が教えてくださいましたから」


「兄上?

 ああ、あいつか……」


 あいつか、って。一応あなたの兄でもあるのですが? まあ、この人の兄である第一皇子のことを僕も兄と思っていないからお互い様だけど。でも、さすがに口が悪いだろう。


「なら、見せてみろよ」


 ニヤニヤと嫌な笑みを浮かべている。どうせ、しょぼいのしか使えないと思っているんだろう。だから、そんな余裕たっぷりなんだ。その顔を崩してやりたいけれど、でも、魔法は兄上がいないところでは一応禁止されているからな……。


 どうしよう、そう思っている間にあっちが勝手にあおってくる。少し熱しやすい性格をしている隊員もやっちまえ、的なこと言ってくるし。え、どうしよう。


「で、でも兄上の許可がないと……」


「は、なら僕が許可してやるよ。

 こんなところで訓練しているしかない、能無しなんだ。

 別にいいだろう。

 それに、認めてはいないが、一応、いちおう!

 僕もお前の兄では、あるからな」


 いや、最後の方なんでそんなにこちらをにらんでいたんです? にらみたいのは僕の方だと思うんだけれど。しかも、何気に隊員のことも馬鹿にしたし。

 もういいよね? 我慢しなくても。


「炎よ、わが指先にともれ」


 言葉に反応して、ボウ、と思った通りの大きさの炎が指先に出る。これ、もちろん本物の炎である。だけど、魔法は発動者には基本的には牙をむかないのだ。


「風よ、巻き起こりわが髪を揺らせ」


 ついで、言葉に反応して風が巻き起こる。そして軽く僕の髪をなでて消えていった。うん、いい調子だ。今まで暴発させたことはないが、少し緊張していたのだ。もしここで何かを起こし、この皇子に怪我でもさせたらかなり厄介なことになるだろうから。


「水よ、わき出でて地を濡らせ」


 本当は事故を装ってあの皇子をびしょぬれにしたかったけれど、我慢我慢。そして最後は。


「土を、水を糧に新たな命を芽吹かせよ」


 よし、ちゃんと芽が出た。この辺り、実は結構種子が飛んできているのだ。ただ、毎日のように踏み荒らされている関係で全く植物が芽吹いていないだけで。さすがに僕にも種もないのに植物を咲かせることはできない。さて、これでどうかな?


「な、な、な、なぜだ!

 なぜ、そんなにも安定して使っている?

 なぜ、言葉を使う?」


 なぜ、って言われても。


「兄上に教えていただいたからです」


「だが、我々皇族にとってその言葉は無意味……。

 ああ、そうか、あいつか。

 そういえば、意味もないのに言葉を使う変わりものであったな」


 皇族にとって、この言葉は無意味? 兄上はそんなことを言っていなかった。だけど、ここまで動揺しているということは、本当にこれはイレギュラーってこと?


 周りに視線を向けるが、全員わかりませんって顔をしている。そうだよね、ここにいる人、たぶん魔法使えないもの。うつむき、顔を真っ赤にしてぶるぶると震えるカンペテルシア様。


もう少し前から思っていたんだけれど、もしかしてこの人も少し頭のねじ抜けてます? え、こういう人ばかりで本当に大丈夫なのか、この皇国。細い銀のフレームの眼鏡をかけているから、てっきりすごく頭いいのかと思っていたのに。まさかの見かけ倒し。


「だ、だがきっと勉強はできないんだろう!

 次、僕の先生がいらっしゃったときにまた来てやる」


 えー、来なくていいですよ、とはいえず、なぜか怒って帰っていくカンペテルシア様の後姿を見送りました。


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