3―3

 六限を終えて放課後。ここでも私達のやる事は変わらない。私は普段通りTシャツとジーンズに着替えてすぐにそば屋のバイトへ。かぐやは恋愛研究の手始めに学園ラブコメの実在性を調べると言って放課後の学校を駆けまわるそうだ。この辺私の邪魔をしない約束は守っているし、調査員の仕事もこなすあたりキッチリしていると思う。

 普段通りにガレージにカブを停めてそばを受け取ろうとする。その時だった。

「あれ?」

 厨房には見慣れない人たちがそば打ちなどの作業をしている。動きが若干ぎこちない。そんな甘い点をすかさず店長が指導し、改善させている。

「お、見られちまったな」

「新人さんですか」

「まぁな。資金が溜まったら今度は二号店を作ろうと思ってな。若い職人をスカウトしてきた」

「へぇ」

「あれ、この話始めてすんのに驚かないんだな」

 まぁ、私にもいい情報源がいますから。とは言わないでおく。

 それとどうでもいい話、かぐやが果たした宣伝効果と、店内が溢れかえる対策のために店長は出前割なるものを導入したらしく、出前の注文は出勤時からかなり入っていた。仕事があるのは良い。カブに乗ると頭を空っぽに出来る。新聞配達で受けた屈辱を晴らす意味合いも込めて私は普段よりも三割増しで出前に打ち込む。

「月見庵です!」

「おっ、ど、どうも」

 しかし本当に仕事が多いな。お客さんも普段より高いメニューばかり頼んでいるし。どうでもいい話食欲と性欲って繋がっているんだとか。値段は鼻の下を伸ばした分か。

 ちょっとした変化は休憩時間になっても続く。

「エリお帰り」

「……何でアンタが従業員の聖域にいるのよ」

「私は看板娘待遇だから入っていいんだってさ」

「……」

 男って生き物はこう……節度ってやつを知らんのか。仮にかぐやを良いように使うのであればきちんと「看板娘」なる役職をつけて雇えよ。おい店長、また奥さんが睨みを利かせたぞ!

 軽い修羅場を感じた所で、しかしながらかぐやが迎えたという事実は変わらない。私は彼女に導かれるように休憩スペースへ移動する。

「お仕事お疲れ様。さぁ、エリお待ちかねのまかないの時間だよ」

 そう言ってかぐやが運んできたのはどんぶりに大盛りのかき揚げそば。夏場のクーラーが効いた部屋でアツアツのそばを食べるのもまた贅沢だと思うけど……。

「いやこれ、まかないじゃなくてお客さんに出すものと同じメニューなんだけど。普段のまかないはどこに行った」

「ふっふっふ。頑張っているエリに私のおごり」

「いやいや、前回は色々ともかく私だけ二連続はダメでしょ。他のバイトと同じものを食べないと示しがつかない」

「あれ? お腹いっぱいに美味しいものを食べるのって夢じゃなかったっけ? ああ、それともエリの場合はこっちおかね……」

「しっ! 誤解を招くから仕舞え!」

「自分の事をジコチューとか言いながらなんだかんだで真面目だよね。そうだ! じゃあ他のバイトの人の分も私がおごる感じで――」

「お金の問題じゃないのよ。客の権限を越えている事に怒っているの」

「ふーん。じゃあ私もここのバイトになれば店長さんにエリの待遇について掛けあえるのかな」

 それはバイトどころかオーナーとか株主の権限では⁉ まあかぐやの錬金術ならそれも可能だろうけど――

「なんだいかぐやちゃんもウチで働いてくれるのかい? ウチはかぐやちゃんみたいな子が働いてくれるなら大歓迎だよ」

 ええい私の妄想を現実にするな! 鼻の下を伸ばすな! いっぺん奥さんに刺されろ!

 痛い痛い、と抗議するかぐやを店内へ押し戻し、店長には奥さんを差し向ける。これでようやく休憩スペースに、私の聖域に静寂が訪れる。

「……本当に退屈だけはしないわね」

 これでそばだけは本当に美味しいのがむかつく。ふざけているように見えてあの店長仕事はきちんとこなすんだからそこだけは尊敬だ。

 状況を察するにかぐやは私が迎えに行く約束を遵守して、夕飯ついでに月見庵に通うことに決めたのだろう。そのくせ出前の邪魔だけはしないのだからバランス感覚がズルい。

「ああもう。何なのよ」

 家族関係に疲れて仕事に打ち込む父親の気持ちが分かる。家で発散できない分はそりゃ外で出すしかないのだ。

「お待たせしました! 月見庵です!」

「ああどうも……」

「いつもありがとうございます!」

「⁉」

 こうなったらヤケだ。先日かぐやに全身をいじってもらった事もあって出前のカブと私のシンクロは抜群。仕事の量は順調に増えているし、三割増しどころか今度は五割増しで働いてやる!

「ふぅ……」

「お帰りなさい」

 ……もはや驚かない。私はかぐやにガレージに待つように伝えて帰り支度を進める。店内からは彼女の帰宅を惜しむ声が響く。看板娘としてはいささか出来過ぎているくらい。嫉視だけは欲しくないけど、それは奥さんを中心に女性陣が盾になって下さるのでありがたい。

「お疲れ様です!」

 ガレージに戻るとかぐやは己のポジションであると疑わない前カゴに収まっていた。制服姿でぎゅうぎゅう詰めになる姿はなんだか猟奇的というか、スカートの辺りが結構キワキワだ……。

「エリ何かいいことあったでしょ」

「別に、何も無いわよ」

「でもふだんより元気な気がするよ」

「私の血圧が無駄に上がっているの、誰のせいだと思ってんのよ」

 スロットルを開くと風が頬を撫でる。夏場の湿度も、感情のほてりも加速の風が払ってくれる。今日は満天の星空。二速、三速と上げていって、本来であれば夜風と一体に、流星になって道を駆けられるはずだった。

 でも今は目の前にかぐやの存在がある。改造手術のおかげである程度存在を無視できるとはいえハンドルに感じる重量にタイヤの沈み方、もう何もかもが二人分だ。一直線には動けない、のんびりとした軌道。星で例えるなら衛星や彗星のような軌道になるのだろうか。もう都市部の街灯が無くなったというのに彼女の周囲だけが妙に明るい。天上の星明りに、スーパーの一等星の光も丸ごと飲み込んで、自分こそが惑星軌道の中心だと恒星は主張する。

「? どうしたの」

「……なんでもない」

 黙っていれば美人なのに、なんてこれは褒め言葉にはならないだろう。まぁ、コイツは基本的に単純だから何を言っても喜ぶのだろうけど。人の心分からないしね。

「あ、ひょっとしてE……」

「やらないわよ!」

 楽しくなかったかと言われると嘘になるけど、それでもバイクは地面の上を走るものだ。いくらイースの技術とは言え地球人じゃ抱えきれないものもある。

「学校はどうだった。ラブコメについて何か手がかりが見つかったのかしら」

「うーん……恋をしている子達がいないことも無いけど、どこか幼稚というか、カレカノを作る雰囲気はあるけどそこまで、みたいな。本気で生殖や家庭までに結びつくような人は今日のところはいなかったかな」

 ……それはラブコメでは無くレディコミではないだろうか。「ドキッ♡ 恋の第三種接近遭遇⁉」は、最近の少女漫画はどこまで進んでいるのよ……。

「まぁ、時代が時代だから恋愛よりも自分がやりたいことを優先するってのは最近の傾向だと思うわよ。イース程じゃないけど地球だって個人でやれることの幅は広がっているし、晩婚化の傾向はあるし」

「いっそ理想環境を構築するために地球の文明をリセットしてみようかな」

「地球をよその星の命運のために消費しないでもらえる……。侵略は野蛮なんじゃなかったかしら」

「冗談だって」

 冗談じゃないわよ。今日だって順調に学校を制覇したし、このままかぐやが催眠術を広げていけば街から県、県から日本、それから諸外国と、それこそ年単位で行動を続ければこの宇宙人は地球上のありとあらゆる恋愛に関する情報を収集するのだろう。そしてこののほほんとした顔で当たり前のように母星を救う。そんな気がする。

 三速のままスロットルを思いっきり捻ると、坂道であるにも関わらずカブは難なく踏破。もはや景色の一部と化したクレーターを通過して私達は駐輪場に到着する。

 星空はあの夜と同じようにまばゆく広がる。田舎の特権である純度百パーセントの星明り。それからまだ一週間も経っていないのにあの爆発から、かぐやとの出会いから何もかもが変化を始める。もはや変化することが当たり前のように、催眠術で適応を強制させられていなければ私はかぐやをMIBに突き出すか、野宿でもするように説得するか、とにかく自分の生活から彼女を排除しようと躍起になっていたはずだ。

 ところが侵略とは、適応力とは恐ろしいもので私の日常はドミノ倒しのようにあっという間に変化に飲み込まれる。

「おはようエリ」

「……んんっ」

 時刻は午前六時。肉体を休めるためにさらに延長した睡眠時間。はじめは寝すぎかと思ったけど慣れるととても気持ちが良い。まず目元が軽いし、全身も倦怠感が無い。あくびが気持ちいいなんて本当に不思議だ。

「じゃあ準備しようか」

「……邪魔だけはしないでよ」

 私は年代物の冷蔵庫から材料を取り出して、その間にかぐやは包丁やフライパンなどの調理器具を用意する。

 新聞配達のアルバイトで持て余した時間。この空白を埋めるために追加した習慣は料理だった。あのスーパーは野菜とかもそれなりに安い。それを使って自炊すれば体の栄養補給がさらに良くなるとかぐやに勧められたのだ。

 ……宇宙人の言うことを鵜呑みにするのは癪だけど、あの日かぐやが私の肉体をいじった時のデータに裏付けられた健康診断表を見させられると……さすがに背筋が寒くなった。

 だからってかぐやに台所を任せる訳にはいかない。どさくさに紛れて惚れ薬とか怪しげな物体Xの実験台にされたらたまったものではないのだ。ゆえに調理は私が。食器の準備や完成品の盛り付けはかぐやが分担して作業する事にした。

 この盛り付け作業が曲者で、かぐやの手にかかれば朝食と昼食の弁当のおかずを兼ねた低コストで簡単な野菜炒めだってあっという間にインスタ映えする食べ物に変身する。今日もかぐやは「盛れてる」「映える」などと言いながらスマホでパシャリ。てか……当たり前のようにSNSを使いこなしているし。

 食事が終わると一通り学校の課題を確認する。私もかぐやもそのほとんどを学校内で終わらせているけど万が一と言うこともあるし、中には一日でおわらないタイプの課題だってある。余裕があるのであれば点検をするのに越した事は無い。

 それが終わると一つ目のイベントが発生する。

「じゃあ出かけようか!」

「……」

 早朝から夏本番とうんざりする日差し対策と、朝という爽やかな時間を演出したいとかぐやが纏っているのは白いワンピース。髪は相変わらずぼろいヘアゴムで一つ縛りにして、でもそれを大きめの麦わら帽子で覆い隠す様子は暑中見舞いのポストカードにしたら飛ぶように売れるんじゃないかと思わせる程画になる姿だ。

「あのね、私達登校するのよね」

「そうだけど」

「いや制服着なさいよ」

「どうせエリのことだから今日も新聞配達の人たちから逃げるために変なルートで移動するんでしょ。顔見知りが増えるから本当は町中を堂々と走って欲しいのだけど、そうなると目立つ格好をした方が視線を集めやすいのよ」

「あのね……」

 いや、仮にそうだとしてもだ。かぐやは今日も今日とてカブの前カゴに腰を鎮めるのだ。それはどんな服装をしていても、体勢の方が目立つように思われる。

「もう……好きにしなさい」

 仮にどんな格好をされても私の視界は運転に支障のない範囲で彼女の姿を消すことが出来る。もう考えない方がいい。

 私達はカブに乗り込むとキックで始動させて街へ向けて走り出す。

「……ふう」

 時刻は七時十分。新人の具合がどんなものか分からないけど、早ければ職員は営業所から帰るか、手間取ればまだ街中に散り散りになっている微妙な時間帯。都合の悪い事に営業所は学校へつながる坂に近い幹線道路付近にある。そこを使えばかなりのショートカットなのだけど、そのまま走るのは私を見捨てた人間の顔を思い出してしまうので回避する。

 となると道は細かい道、住宅街の方へ進路を取ることに限られてしまう。

「なんだあれ……」

「マネキン? 美大生か何かか⁉」

「いっ、生きてる……⁉」

 そうそう、これが正常な反応だ。顔が美人だろうと、目の前にいきなりバイクの前カゴに乗った美女が現れれば誰だって引く。

 かぐやの催眠術のおかげで私はその気になれば制限速度を超えた運転が出来るし、前カゴに宇宙人を乗せる不法行為も今までに咎められることなく運転できている。注目している人たちも催眠術にかかるといつの間にか「まぁ、こんなものだろう」と通勤通学を始めるから便利なものだと思う。

「ああ! もう!」

 だけど、それは同時に私がかぐやを運んでいる、かぐやとセットである事も宣伝して回っているようなもので。私は人気が無い道を必死で探してカブプロで街中を駆けまわる事になる。

「ちょっと、いつもより激しくない!」

「集団登校になんて出会うと思っていなかったのよ。悪目立ちはごめんだわ。ここは別ルートで行く」

「そっちは交番!」

「アンタの能力で必死で誤魔化せ!」

 かぐやの催眠術はなぜか子供にはかかりにくい。私の背後からは「変なおねーちゃん」だの「宇宙人だ!」だの大小さまざまな喜怒哀楽が……あの映画本当に浸透しているんだな‼

 細かい道を走っては、人ごみに巻き込まれての緊急回避に急発進。やっている事は新聞配達時代から何も変わっていない。むしろ人型を乗せている分私のドラテクは向上しているんじゃなかろうか。

 そうやってにぎやかに街をかけて……やっとの思いで学校に到着する。

「今日も一日頑張るぞー!」

「……」

 驚くべき事に学校の敷地内になるとかぐやの服装はいつの間にか制服に戻る。そういえば私はコイツが着替えた様子を見たことがない。瞬きをした瞬間には変身を終えている。

 とにかく、学校の土を踏むと一息つける。もはや慣れた熱い視線を浴びながら私達は二階へ移動する。

 授業自体は座学が基本なのでそれぞれの机で黙々と勉強を進める。仮に実験などで数人での作業をする事になると席順、出席番号順を無視してかぐやとなぜか金子さんも迫って来るようになった。別に不自由は無いけど……なんでよ。

 昼休みになるとかぐやにつき合わされて中庭でお弁当。別に食堂でもいいのだけど、かぐやが注文をとりに行ったら最後お盆の上に盛りきらないほどの食べ物に恵まれるのは明らかで、そんな量をペロリと平らげるのは流石に人外が過ぎる。私も目の前でそんな光景を広げられると胸やけがして食欲が失せるので、同じように人目を集められる中庭という環境で手造りの弁当を食べるということで折り合いをつけたのだった。

「はいエリ、あーん」

「……」

「滝沢さんってとり肉好きでしょ。私唐揚げ作って来たんだ。はい」

「……」

 私は左にかぐや、右に金子さんと彼女たちの間でベンチに座っている。私はあのバスケ以来金子さんに付きまとわれている。別に悪くは無い。金子さんはかぐやとちがってイカれた事はしてこないし、料理もおいしい。この前食べた鶏肉のつみれも絶品だった。気も利くし、将来は良いお嫁さんになると思う。

「藤原さん。そのお弁当中身は一緒でしょ。アーンの意味は無いと思うな。やっぱりここは私の唐揚げが優先されるべきだと思うのだけど」

「ふふん。たとえおかずが被っていようと重要なのは相手だよ。私は重要な使命を帯びてアーンを実行しようとしている。だから邪魔されたくはないかな」

 そう言えばこの間「恋愛関係におけるアーンによる味覚の変化」の研究を始めたとか言っていたっけ。別に私じゃなくても実験台ならそのへんにほら、視線を送ってきているじゃないか。

「はぁ……」

「エリは私の協力者。ぽっと出の金子さんに研究の邪魔なんかさせない!」

「誰がぽっと出よ! 私は入学した時から……って、とにかくっ! ここだけは譲れない!」

 おいおいおい、話がどんどん変な方向に向かっているんですけど……。学園ラブコメをやりたいのはかぐやであって私じゃないぞ! 私は教室の隅っこでひたすら一人でいたいタイプなのに……どうして。

 救いを求めて周囲に視線を向ける。まあ、当然と言えば当然だけど誰もがこの修羅場を前に一定の距離を取って近づこうとしない。

「かぐやお姉さま、今日も麗しい」

「ご学友と仲が良くて本当に……尊い」

 アンタたちこれを見て正気で言っているの⁉ 絶賛ケンカの最中なんですけど。

「俺の金子ちゃんを……羨ましい……」

「俺もアーンされたい」

 ぜひアプローチしてくれ、誰でもいいからこの地獄から助けてくれ。

「……私も餌付けしたい」

「滝沢さん、今日もクール」

 ……みんなかぐやの催眠術でオカシクなっていないか⁉ 私に餌付けしても何も出ないし、これはクールじゃ無くて人間に疲れているだけだ。

「はぁ……」

 せっかく奮発して買った豚肉の切り落としの味が分からない。いっそのことストレス環境でも味覚が働くような贅沢な食材を使ってみようか。いや、結局シチュエーション的に落ち着いて食べる事はできないのだろうし、ゆっくり味わえないのはもったいないし……。

「まあでも……」

 そんな騒音も慣れると生活のBGMみたいなものになる。日々を目標に向かって黒一色に塗りつぶすのも悪くないし、かぐやを中心に衛星軌道から大小様々で色とりどりの星明りを観測するのもまた、悪くない。

 どこまで行っても私は傍観者だ。かぐやみたいに自分から光を放ったり、重力で引き付けたりする事は出来ない。

「かぐや、それもらうわ」

「え」

「金子さんもいつもありがとう。ありがたく頂くね」

「あ」

 渡し箸、それどころか強奪するように彼女たちの箸からおかずを奪う。弁当の上に乗せてまず野菜炒め「まぁ、私の味だわ」。次に唐揚げ「……美味しい!」。

「……」

「……」

 二人の「食べてくれたのは良いけど、なんでアーンに応じてくれなかったの」という非難がましい視線が向けられる。ボッチをなめないでほしい。もしどっちかのアーンに応えれば今以上の修羅場になるのは確定だし、なにより外野に燃料を投下したくない。他人で遊ぶ暇があるなら、成績の一つも上げたらどうなのだろう。

「もっつ、もっつ……ふう……。ごちそうさま。私、先に教室に戻るわ」

「え? エリ、昼休みはまだあるよ」

「まだじゃ無くてもう十分しかないじゃない。私にとって特待生の維持がかかる大事な試験がかかっているの。試験範囲をさらっておきたいの」

「あ! それだったら私も! 滝沢さんに教えてほしいところが」

「ちょっ、私も! 待って、今すぐ食べるから」

 頬袋を作ってお弁当を頬張る金子さんの姿は大変可愛らしい。……かぐや、弁当を飲みものみたいに飲み込むのはよしなさいよ……。

 体育が無い時は昼休みのこの瞬間が最大のイベントになる。これが終われば後はいつも通りの静かな日常が戻って来るのだ。だから私は二人に背を向けて歩き出す。背中が熱いのはきっと夏のせいであって、あの賑やかさに心を引かれている訳じゃない。

 そう、私は傍観者。偶然かぐやに巻き込まれた哀れな地球人に過ぎない。だから、あらゆる変化は彼女がもたらしてくれる……今ではそう思い込んでいたことを後悔している。

 この後まさかあんな事になるなんて……。

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