3―2
侵略と聞くとどうしても恐ろしい印象が先行する。街を破壊し、作物を荒し、人々を殺す。世界史的に考えるとこんな感じだろうか。
ところが、空より舞い降りた侵略者が取った行動といえば静かに授業を受けるだけ。私が窓側、かぐやがドア側と反対方向にある事もあって私達の視線が交差する事は無い。突然の出来事に私は内心穏やかじゃないけど、積み重ねてきた努力は裏切らないもので普段通り見るそばから授業内容を覚えられているし、宿題だってこなせている。
授業合間の十分間の休み時間もかぐやは干渉してこない。席に近いクラスメイトとおしゃべりに興じたり、ドアの窓から覗いてくるファンに向けて笑顔で手を振ったりと……本当に当たり前のように学校に馴染んでいる。
通信費がもったいないという理由でスマホ無料漫画すら読まない私に学園ラブコメなんて分からない。私の中のエンタメ知識でその分野は荒地に等しい。まだテレビがあった頃に数回見たことがあったかないか。恋愛を知るというのであればかぐやもまた積極的に男子に告白しては撃沈するのだろうか。いや、かぐやに迫られたらどんな男子だって二つ返事でOKだろう。それどころか噂を聞きつけて石油王とかが求婚を迫って来てもおかしくない。
「あほくさ」
制服が似合っているところを見ると、精神体の時点でかぐやはラブコメに特化した姿を形成しようと狙いを定めていたのかもしれない。竹取だか源氏だか知らないけど、古典レベルで強烈な美女の肉体を得たのだからそれはもう恋愛無双だろう。どうか私の知らないところで王族レベルの美男とよろしくやっていてほしい。
しかし、侵略はまだまだ続く。少なくとも私は百万円分の覚悟をするべきだった。
四限目の終了を告げるチャイムが鳴る。それは同時に昼休みを意味しクラスメイト達は思い思いの行動を始め出す。私も例に漏れず頭の中で片付けるべき課題を整理しながらカバンから特売品でない弁当を取り出す。
「ねえエリ、いつもみたいに一緒に食べよう!」
「……」
私の記憶を余すことなく覗いたのであれば、コイツは私が昼休みは食事の後すぐに勉強する事を知っているはずだ。それでもなおこの行動に出るのだとしたら、かぐやは私の事を使う気満々なのだろう。
幸いと言うべきかそろそろ期末試験の時期なので昼休みに持ち越すような宿題・課題は無い。まさかコイツその辺まで計算しているんじゃないだろうな……。
「はぁ……分かったわよ。その辺座って――」
「じゃあ行こう♪」
「えっ⁉ ちょっ!」
うなずいたら最後、彼女のペースに持っていかれる。私もそろそろ学習するべきなんじゃ……。とにかくかぐやは私の手を掴むと有無を言わせずに教室を出る。
「どこに行こうってのよ」
「屋上。学園ラブコメだとお昼はそこが定番でしょ」
「使えないわよ、屋上」
「え? でも窓からは見えるじゃん」
確かに見上げればデカイ校舎に似合うだけの面積を誇る屋上が広がってはいる。だけど――
「それはあくまで漫画の中での話。そりゃ昔は解放されていたかもしれないけど、最近はPTAのクレームとかコンプライアンスの問題で使えないの」
「そんな……この『ドキッ♡ 恋の第三種接近遭遇⁉』は二〇一八年から連載されている。資料としてはそれほど古くないのに……なんで」
「このストーリーはフィクションです。実際の団体等の関係はありません」
そう、現実はロマンもへったくれも無い。目の前にいるコイツもフィクションだと思いたい。
しかしかぐやの足が止まる事は無い。引きずられるように彼女の後を着いて回る状態は続く。
「で、私達はどこに向かっているわけ? 食堂? 中庭? それなりにお腹空かしているから早く食べたいんだけど」
あと視線がキツイ。割合はかぐやの美貌八、私への嫉視二か。無責任に見やがって……替われるものなら私だって傍観者になりたいぞ。
「うーん。どこかに到着するにしろ催眠術を強化したいからなぁ……。出来れば注目が集まる所とか、落ち着くにしてももう少しだけ顔見知りを作っておきたいかな」
「食堂に行くわよ」
埒が明かない。今度は私が、かぐやの手を握り返すと食堂への最短ルートで引きずり始める。
「ちょっと痛ぁい」
「変な声出すな。痛覚無い癖に注目を集めるな」
「ああばれてた♡ もう、エリはせっかちだね。こっちはじっくり策を練りたいのに」
「そっちが年単位のミッションだろうとこっちは空腹を秒で満たしたいの。それに食堂なら金持ちが、学校のめぼしい人材や教員が集まるから最効率よ」
このままかぐやについて行ったら昼休みいっぱいどころか放課後になっても食事にありつけない。一体どれだけの人間がこのハコの中に納まっているのか、アナログな手段で総当たりしていたらキリがない。
私の予想通り食堂は大盛況だった。この中にスーパーの弁当を持ち込むのはなんとなく気が引けるけど手を離そうとすればがっちり握り返されるのだ。ここは覚悟を決めないといけない。
一歩足を踏み入れると、一斉に彼女へ視線が集まる。始めこそ見知らぬ美女の登場に誰もが戸惑うも、表情は次第に「ああ、あの人か」と納得したものになり、中には熱っぽくあるいは露骨に好意を寄せた目でかぐやを見始める。彼女が一歩、また一歩と進むごとに、人々の認識はかぐやを「見知らぬ美女」から「学園のマドンナ」へと上書きされてゆくのだ。
奥まった場所に二人分の席を見つけた時には侵略が完了した。かぐやは私に席で待っているように伝えると当たり前のようにメニューを求めて並び始める。列に挟まれちやほやぺちゃくちゃ。本当に仕事をしているのか単にコミュ力の化け物なのか――
「騒々しいったらありゃしない……」
ヒロインの友人キャラはアホみたいな美人相手にどうあしらっていただろうか。いや、恋愛モノの主要な人物は漫画だろうがドラマだろうが顔面偏差値が高かったか。やっぱりフィクションは参考にならない。
そんなどうでもいいことで空腹をごまかしているとようやくかぐやは戻って来た。
「お待たせ」「ドン!」
「⁉」
かぐやがテーブルに乗せたプレート、そこには食堂中のあらゆるメニューを積載したかのように食べ物がずらり……。
「アンタこれどうしたの。まさか全部注文したんじゃないでしょうね」
「いや~Aランチを頼んだだけなんだけど、おばちゃんがおまけしてくれたり、席に戻る途中で色んな人におかず分けてもらっていたら、つい」
「……」
えへ、といたずらっぽい笑みを浮かべながらひと口大に切り分けられた誰かのおかずを口に運ぶ。「キャー」もう一口「やった!」。そば屋でおごられていた状況は見た目がお水っぽい事だけが原因じゃ無かったようだ。あの時はおっさんが中心だったけど、ここではむしろ女子の声の方が多い。お弁当を手作りするスキルが存分に役立ったようで何より、と言うべきか。
「? エリも食べたい?」
私の視線を物欲しそうなものと勘違いしたのか、かぐやはおかずを一つ箸で掴んで私に差し出してくる。
「……」
かぐやは視線を集める事、催眠術をかける事には気を払っているけど、集まった視線に込められた意味を読み解くつもりはあるのだろうか。喧騒は一気に収まり、かぐやの「アーン」への羨望と、私への嫉視がこれ以上なく注がれる。……息苦しいったらありゃしない。学園ラブコメをしたいのはかぐやであって私じゃないんだぞ……。
「……アンタね、人様からありがたく頂いたものなんだからきちんと自分で食べなさい」
「ふーん……まあ、それもそうだね」
なんだその残念そうな顔は。周りの色ボケしている連中を見ろ。私はもう少しで視線に殺されそうだったんだぞ。
イースの人々が他者に関心を持たない、持てないようになった理由もこうしてみると分かる気がする。かぐやの美女としての肉体も、他者の認識を操作する催眠術も、結局のところ自分の理想の研究環境のために他者を思いのままに操る事に他ならない。これはあくまでイース対異星人の、調査員独特の感性なのかもしれないけど、かぐやのような人間が惑星の代表なのだとしたら……恋愛を学ぶのであれば少女漫画史よりも心理学とかそっちの方面からアプローチを仕掛けた方が良いのでは。
なんて、こんな当たり前のようにかぐやの心配をしている私もどこかのタイミングで彼女に操られているのだろうな。
何がともあれかぐやが矛先を収めてくれた事で食堂に再び活気が戻る。食事を一つ摂るだけでもこれだけの大騒ぎになるなんて誰が予想できただろうか。
けれど、学校はまだ前半戦に過ぎない。かぐやが存在する限り、私は最早騒々しさから逃れる事は出来ないのだ。
五限目の数学が終わると、本日の最終授業である六限目の体育の時間がやってくる。
Sクラスの特待生たちに求められるのは国立大学や有名私立大学に入学するための学力であり、そちらの成績さえ出せば受験に関係ない授業に出なくても単位に影響がない。私もそれなりの成績を出しているけど、他の多くの特待生とは異なり資本金が無いので万全を期すために一応全部の授業に出席している。つまり、Sクラスで受験科目以外の授業に出る人間は少数派ということなのだ。
加えて、体育は人数調整の都合上二クラス、三クラス合同で行われる。いやらしい言い方をすると成績が上位のクラス程構成人数が少ないのでSクラスの場合はS、A、Bの三クラスが合同で授業に臨むのだけれど、事実上二クラスでの合同授業。私は実にアウェーな環境で、けれど静かに労働以外の運動で体をほぐすことが出来ていた……はずだった――
「やっぱり藤原さんの体育着姿まぶしいな」
「足もすらりとしていて……憧れちゃう……」
「ホント美少女って感じ。俺同じクラスで良かったー」
授業に関してはかぐやは私と距離を取って行動してくれる。ゆえに私は遠くから彼女を囲む喧騒を傍観出来るのだけど……。
「さすがにこれはやりすぎと言うか……出来過ぎでしょうが……」
本日の体育、Sクラスの出席率は百パーセント。体育教諭が喧騒と出席簿を見合わせて眼を丸くしているのが当事者でもないのにハラハラする。かぐやのやつ、この違和感もちゃんと操作できるんだろうな……。
「なんだか今日はにぎやかだね」
クラスメイトで私と同じ少数派、普段なんとなくペアを組んでいる金子さんが感想を漏らす。かぐやの言う通りイースの技術は万能じゃない。個体差はあるけど違和感を覚える人間はいるのだ。
もちろん私はそんな事言えるわけないので「そうだね」とお茶を濁して彼女と二人で黙々と準備運動を進める。準備運動も慣れれば周囲を見る余裕がある。やはりと言うべきか多数のクラスメイトは動きがぎこちないというか、準備運動の順番も内容も分からずといった様子で他の生徒の動きを追って動作を真似ている。かぐやは私の記憶のおかげでソロパートは順調、ペアになった女子は彼女の外見に気圧されて別の意味でぎこちない。
それでも地頭が良いのか、真似つつもSクラスは最終的に他のクラスと同じスピードで準備運動を終えることが出来た。この辺の理解力は流石と言うべきだろう。
今日の内容は月頭から行って来たバスケ。三クラス――普段はほぼ二クラスだけど――合同ともなるとクラスごとにチーム分けをしても人数が半端に余り、あまり物同士でチームを組むこともある。Sクラス程ではないけど、A・Bクラスも個人主義者でかつ運動にはそれほど熱心では無い。別に誰と組もうが対して関心は無いのだけど、教員としては生徒に「配慮」して今までの授業でのチーム分けは全てくじ引きで行って来た。
それはSクラスが全員出席しても変わらない。「全員が公平に」のスローガンの下、慣習通りに授業が進む……わけなのだけど。
「……クソッ」
「……やった!」
「そんな――っ……」
ここでもかぐやを中心にひと騒動。バスケの五人チームを決めるくじ引き、当たりは四枚しかない訳で……悲鳴の方が多い。たかが一人の女の子とバスケがしたいだけで一喜一憂出来るなんてある意味羨ましい。体育館の仕切りの向こう側の男子なんて血の涙を流しながら「どうして一緒にバスケが出来ないんだ……!」と血の涙を流さんばかりに凝視してくるし……。
私は穏やかな事にかぐやとは別のチームに。チームメイトに金子さんがいたのでまぁ、いつも通りの体育といった感じだ。うんうん、普通って素晴らしい。
そしていざ試合が始まると、かぐやの動きは凄まじかった。運動に関してはもやしのSクラスはともかくとして、A・Bクラスには部活動に所属している生徒もいる。かぐやもスタイルはモデル並みだけど、現役の選手の鍛えられた肉体も迫力では彼女に劣らない。彼女たちのチームと当たった時は「これは流石にかぐやも負けるのでは」と彼女を慮る雰囲気が広まった。
「よっと」「ほい」「えい」
けどそれは杞憂に終わる。かぐやはそんな軽い言葉で迫りくるディフェンスをドリブルで抜き去り、レイアップシュートを決め、束になってブロックされそうになると彼女たちの頭上を3ポイントシュートでやり返す。組んだチームメイトが非運動部だった事もあって実質一人で試合をしているけど、活動体である彼女にスタミナの限界は無い。コートの端から端まで駆け抜けても息切れどころか汗一つかいていない。
「スカウトしようかな……」
「アレ、男子と戦っても遜色無いんじゃ……」
「迫力あるよな」
見た目だけでなく、実力も申し分ないと分かると喧騒もトーンダウン。一試合目以降は静かに、しかしより情熱が込められた目線がかぐやに注がれるようになる。
そんな目線はもちろん彼女と対戦するチームにも向けられるわけで……。
「藤原さんと試合なんて……勝てるかな」
金子さんはかぐやの胸元の刺繍を見つめて不安そうに眺める。私としてはその無駄にデカイ胸元が揺れる度に男子が興奮するのがうるさくって仕方ないのだけど。
今回は人数が多いからかぐやのチームと対戦しない可能性もあったのだけれど、人生肝心な所で上手くいかない。リーグ戦の最終試合は彼女のチームとぶつかる事になってしまった。
「さてと」
かぐやと戦って勝てる可能性……ね。
私はなんとなくかぐやと金子さんを見比べる。高身でメリハリの凄いかぐやと比べるのがそもそもよろしくないのだけど、身長一五〇前半の彼女が気落ちするのも分からなくも無い。どんな生き物もデカくてしかも実力のある生き物が目の前に迫ってきたら怖い。金子さんは見事に雰囲気に当てられてかぐやに負けず劣らすな手入れされた綺麗なボブカットを子犬のように震わせている。
「まぁ、方法が無いわけじゃないわね」
「え?」
金子さんを筆頭にチームメイトが一斉に私に向く。頼むから静かにしてほしいのだけど、まあ、こんな状況の中で一人だけ「勝てる」なんて言っていればそうもなるのか。
本当は適当に試合を流そうと思っていたけど、あの無駄にデカイ胸には追い詰められたトラウマがある。その借りを返す機会が今なのだとしたら……負債なんて私に抱える余裕は無い。利息を付けて返さないと気が済まない、ってのは貧乏性すぎる?
秘策、なんてものは無いけど大体の作戦をチームメイトに伝える。これで一矢報いれればよし。「気楽に行こう」なんて柄にもなくリップサービスも追加。
「邪魔しちゃったかな?」
「まさか。授業でこれは不可抗力でしょ」
むしろ気兼ねなくかぐやに挑める機会が出来てうれしい。なんてことを言ったら彼女のやる気を引き出してしまうので表情にも見せない。これからやるのは大体そういうこと。
ホイッスルが鳴る。ボールは私達の方へ。良し、幸先が良い!
当然ボールを狙ってかぐやは迫って来る。長い手足が蛇の如くチームメイトの加藤さんへ迫り――
「よーし」
「加藤さん!」
「はい!」
加藤さんはボールをバウンドさせて私にパスを回した。「あれっ?」と間の抜けた声と共にかぐやの腕は宙を掻く。
そのまま私はドリブルでディフェンスを抜いてレイアップシュート。これでまずは二点。
「――⁉」
視線が一斉に私に集まる。作戦とは言え、やっぱり気分が良くない。かぐやのやつこれだけの視線をまともに受けておいてよく気にならないな。
こうなれば当然やり返して来ようとするのがかぐやだ。彼女はボールを持った私に1on1を仕掛けて来ようと迫って来る。
「吉田さん!」
「はい!」
私は今度は吉田さんにパスを回してそれを回避する。
「何で⁉」
「いや、何でって……」
今までの試合を見ていて気付いたのは、みんなかぐやに集中しすぎていて誰も彼もが盲目になっていたということ。バスケ部の彼女も頭を冷やしていれば気づくはずの当たり前の事だ。
催眠術とそれに伴う違和感がごっちゃになっているけど、本来であればみんなかぐやとバスケをする環境なんて珍しいはずだ。かぐや側のチームメイトが積極的に動かない事もあって、バスケ部チームは未知の驚異に総がかりで挑もうと、実力を試そうとしてしまった。それが大きな失敗だ。
授業でチームを組む時は、一人が強くて他が弱い事なんてざらにある。そんな時の対処法は強い一人を無視。勝負しない事に限る。私達の作戦は一、かぐやに絶対にボールを渡さない。二、狙われたら遠慮なくパスを回す。の二つ。幸いと言うべきかウチのチームはそこそこ動ける人で構成されている。私だって伊達にバイトでしごかれていたわけじゃない。体力だったら運動部並みにある。
「ふっ!」
よし。これでまた二点。
流石にここまで露骨に無視を決め込めばかぐやチームの動きも変わってくる。今までボーっと見る専になっていた彼女たちもかぐやの援護に回ろうと動き始める。これが正式なバスケの試合だったら、この時点で間違いなく私達は負けだ。
でもこれはあくまで授業だ。
「止め」
先生の合図と共に試合時間の十分が経過した。結果は十六対九。残り数分でかぐやに三回も3ポイントを入れられたのは残念だけど、正式な試合と違ってあと数セットの試合は続かない。本当は完封で勝ちたかったけど……まぁ、ここまでやれれば上出来。
「ふぅ……疲れた……」
「滝沢さん凄い!」
私に駆け寄って来たのは意外なことに金子さんだった。今までほとんど接点の無かった彼女が瞳を輝かせながら私に迫って来る。同時に他のチームメイトたちも興奮気味に駆けよって来た。
「まさかあの藤原さんに勝てるなんて」
「やっぱり二人とも仲がいいから弱点とか分かっているんだね」
「前々から運動神経良かったと思っていたんだ。それだけ動けるならウチの陸上部に来てくれない! 助っ人でもいいから」
「いや、勝てたのはたまたまだし、ほとんど一発芸に近いから。それに……部活はバイトで出来ないし……」
いつの間にかかぐやに注がれていた視線が私へと集まる。騒ぎもどんどん大きくなって部活の勧誘やら次の授業で一諸のチームになりたいやら音の爆弾。金子さんには抱きつかれるし、周囲にもみくちゃにされるしなんなんだコレ……。
「ふーむ。なるほど、これがエリの実力というわけだ」
「……」
どさくさに紛れてかぐやも私に抱き着いてきていた。私の手を掴むとダンスでも踊るようにステップを踏んで華麗に更衣室へ。とりわけ金子さんに対しては対抗心があるのか、脱出しては彼女にアッカンベーをしてポジションを取り上げた。
「地球人の動きはエリの物をベースにしているから負けないと思っていたのに。まさか私に買っちゃうなんて思いもしなかったな」
「宇宙人じゃ気づかない事もあるって事よ。それと無意味にくっつくな」
「勝者に抱擁だよ。あ、それともお金の方が良かった?」
「声が大きい! ただでさえ注目されているのに変な誤解をされたらどう責任とってくれるのよ!」
「私は誤解されても良いし、責任だって買い取るよ」
「うるさい!」
本当に騒々しい。早く着替えてバイトに行こう。
「ふふっ」
「何ニヤニヤしてんのよ」
「だってさ、エリ、笑っているんだもん」
かぐやのひんやりとした指が口元を撫でる。その軌跡、確かに私の口角は上がっていて――
「――なっ⁉」
「学校生活って楽しいね」
「……」
当事者がその場を離れても喧騒は止まない。むしろ興奮冷めやらぬ様子で誰もが先ほどの試合内容を語っては盛り上がる。まぁ、今日ばかりは私に向けられた視線は蔑む類の物じゃ無かったし……。
「はぁ……。まぁ、悪くは無かったわよ」
まったく常にかぐやのペースで騒々しいけど、今日のところは勝てたし、一緒にいると少なくとも退屈しない。そう思い込んで折り合いをつける事にする。
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