3―4
「また明日」
「うん」
私は金子さんから返事を受け取るといつものように駐車場に向かう。前カゴに鞄を放り投げてカブをキックで始動させる。かぐやが介入する前からの当たり前。自分自身のルーティーンをこなすと浮ついていた自分が一つに戻る実感を味わえる。シフトペダルを踏んで「バツン」という音を聞けば完璧だ。
「行きますか」
裏門を出て坂を下り始める。制限速度を守ったまま、道を流していけばそば屋まであっという間。なんてボーっと考えていた時だった。
「■■■■■■■■■■■■■■■」
「⁉」
視界の中に男性の影が……この独特のしゃべり方……まさか……⁉
「■■⁉」
まずい、気づかれた。相手がかぐやと同じであれば、活動体が誇るであろう能力は人間のそれをはるかに超える。男性は真っ直ぐ私へと向くとガードレールを乗り越えて真っ直ぐ車道を歩いてくる。
「やばっ‼」
私は急旋回して坂を登り始める。ギアは二速。かぐやに施されたチューニングで驚異的な加速で駆けあがり、三速へ。自動車顔負けのスピードで慣れた山道を駆け始める。
「^J%、TH&UKT」
「っ⁉」
この不協和音みたいなしゃべり方……このデジャブは……‼
「やばいやばいやばい!」
メーターはすでに振り切って、体感速度は七〇キロをとうに超えている。相手が人間であればとっくに置いてけぼりの速度だ。
しかし、サイドミラーには一定の速度を維持して接近してくるスーツ姿の男性が。相対速度で七〇キロオーバー。こんなことが出来るのはかぐやくらい。であれば、相手の正体は間違いない。宇宙人だ!
「でもなんで⁉」
私を狙う理由が分からない。共同研究でもしたいのか? それともかぐやの成果を横取りするのが目的か? とにかく、今言えるのは私が追われているって事でこれ以上にヤバい事は無い。
「ま……て。お前は■■■な……のか。なぜI“>」
刈り込まれた頭髪に、氷塊を磨いたような碧い精巧な水晶の瞳、一八〇を超えるであろう身長をスーツで引き締めた肉体は冷徹なマフィアのようだ。そんな巨人が時速七〇キロオーバーで坂をかけ続ける様子が加わると、私は昔見た映画の液体金属の悪役を思い出さざるを得ない。腕を直角に振って、呼吸すらしない様子はますます非人間性を強調させる。
敵は言葉をマスターしながら加速する。私達の間の距離がどんどん縮まり、相手が腕を伸ばせばカブを掴めるほどに。ああマズいマズい!
「……かくなる上は……‼」
再び急旋回して、相手に向かい合う形になる。
「■■■!」
「……‼」
勢いを殺さないままスロットルを思いっきり開ける!
「ぐげえッ‼」
「‼」
願わくは、これが殺人であってほしい。スーパーカブの前輪が見事に男の頭部を捕えて頭蓋を陥没させる。それでもカブの勢いは止まらずに後輪がしたたかにボディを轢いて私は坂を下り始めた。
「キャーッ‼」
「人が! 人が轢かれたぞ!」
目撃者が出ても、制限速度を超えても気にしない。まだ生々しい感触が残るカブを駆けながら一気に幹線道路へ。夕方近い道路への合流は駆け込み乗車のように、他の車にぶつかりそうになったけど……いまは謝っている暇なんて無い。
「■■■……な、ぜ、きょぜつ……する」
タイヤに血痕は無く、代わりに湿気た砂粒が付着している。それを確認すると同時に宇宙人がサイドミラーに躍り出てきた。
悲鳴の如くクラクションが鳴り響く。追手は背骨がねじ曲がったまま、頭部を陥没させたまま無理やり両足を稼働させて自動車の屋根伝いに私に迫って来る。
もしかぐやが前カゴに収まっていたのなら、催眠術をかけて道を開けたり、空を浮遊したりして追手を撒けたのだろうか。今日ばかりは放課後に別行動している事を恨む。
それでもスーパーカブは小型だから、多少混雑した自動車の中を縫うように前進できるし、信号を無視しても青信号側の流れに乗る加速力がある。加えて私の中にはここ数日で相当に書き加えられた街の地図がある。細道に入ってしまえば追手を撒けられる。その自信があった。
「■■■■■■!」
けれど、相手がかぐやと同じタイプの宇宙人なのだとしたら勝ち目は著しく低い。バスケの時に彼女に勝てたのはやっぱりまぐれだと思わざるを得ない。
右へ左へと、初めの頃はサイドミラーから相手の姿を消すことが出来ていた。しかし、いつの間にか相手の姿はミラーに張り付き、おもむろに飛び跳ねると私が狙っていた場所へと着地し立ちはだかるまでに。相手は私の走行パターンを完全に掌握した!
「もうに、が……さない!」
「――っ‼」
相手は飛び出すと、一気に私との距離を詰め、右の人差し指を私の額へと突き刺す。もはやおなじみの活動体と一体化する感覚。
「くっ……ああっ……‼」
「■■■、TH&、かぐや……かぐや!」
記憶が覗かれ、吸い出され――かぐやの時とはことなる乱暴なやり口に脳が悲鳴を上げる。頭の中で積乱雲が生まれたような、稲光が何度も何度も炸裂する感覚――神経が、私が焼き切れてゆく‼
「ぎゃあああああああああああああああああ‼」
行動パターンを読まれ、速度も超えられ、体も、意識だって無力化された。かぐやは謙遜していたし、表立って能力を使うことなんてしなかったけど、地球人と宇宙人の立場なんて正面からぶつかってしまえば相手にならない。視界にとげとげしい火花が散ると間もなく景色がはじけ飛ぶ。
こうして私は宇宙人に捕まり意識を失った――。
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