第6話
最近気付いたことがある。
指輪の力は使う毎にどんどん強まっていくようだ。
その事に気付いたのは体育の授業で野球をしていた時だ。
僕はその日も指輪の力で活躍して、クラスメイトに良いところを見せてやろうと思っていた。
いつものように打席に立ち指輪を嵌める。
だが、ピッチャーの投げたボールがなかなか打席までやって来ないのである。
ボールはまるで亀が歩くような遅さでノロノロと空中を泳いで一向に進まない。
いくら遅いボールが打ちやすいと言っても、これでは我慢がもたない。
また、例えば英語のリスニングテストの時間、ゆっくりな英語なら聞き取れるだろうと指輪を使ったところ、音声が重低音の空気の振動にしか聞こえなかった。
力が強まるにつれ、指輪はその便利さを少しずつ無くしていった。
ある日の放課後、僕は帰り道で佐藤の襲撃を受けた。
佐藤は片手に金属バットを持ち、目を血走らせて吠える。
「てめえなんかに俺が負けるはずがねえんだ!なにかの間違いなんだ!」
僕は彼を嘲笑って言った。
「現実を見ろよ。お前は俺に負けたんだよ。みんなお前のこと負け犬だって言ってるよ。昔のお前の取り巻きも、沙織もな」
「さっ沙織!てめえ沙織を返しやがれ!」
「返せって物じゃないんだから」
体中にサディスティックな衝動が走っていた。もっとこいつを芯のところから傷つけてやりたい。
「沙織なあ、良い具合だったよ。最高の体だったな」
指輪を手に入れる前は考えられない暴力的言動だ。
佐藤は絶望の表情を浮かべてよろめいた。
僕は快感を禁じえなかった。
人を傷付ける、心を踏みにじることのなんと気持ちの良いことだろう。
佐藤は俯いてブルブル体を震わせていたが、やがて意を決したようにこちらを睨むと、絶叫しながら襲いかかってきた。
「うおおお!」
僕は急いで指輪を嵌めた。
佐藤の動きは以前の喧嘩よりずっとずっと遅く感じられた。
中空でほとんど静止しているように見えるバットに目をやりながら「さて、どうやってこいつを痛めつけてやろうか」とイヤらしい考えを頭に巡らせる。
よし、顎を下から思いっきりぶち上げてやろう。最近ずっと遊んでいた格闘ゲームの技の真似事だ。
そのためにはこのバットの位置が良くないな。
僕は暖簾でも退かすように佐藤の腕をおもむろに払った。
ボンッ
低い空気の振動が耳に聞こえた。
思いがけずあっさりと佐藤の腕は折れてしまった。
シャープペンシルの芯みたいに簡単に。軽く触れただけだったのに。
佐藤の肘から先があらぬ方向に曲がっていた。
悪寒がゾッと背中を走った。先程まで僕を支配していた暴力性はあっという間に萎んでどこかに隠れてしまった。
指輪を外すと佐藤は折れた腕を振り回し、そのあと腕の違和感に気付いて変わり果てた自分の腕をまじまじと見つめた。
我が身に何が起こっているのか脳みそが理解できない、という風であった。
「えっ?あっ?あっ?あああああ!」
佐藤は絶叫した。
腕を抑えてうずくまり痛みに身悶えする彼の側で、僕はずっと立ち竦んでいた。
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