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oXz39a「A♤8♤8♧J♦K♦」

1c57Bz「2♤2♦3♧3♦9♤」

いつもの高井ならハッタリでフォールさせられるはずが今日は全く効かない。

「テキストの調子や今までのログから手の入りを少し予想できるようになったんだよ。」

俺も新世界であらゆる人間と研鑽を積んできた。テキストの語調から相手の動揺や自信をある程度読めるようになったはずだった。ここに来て1か月弱。このような技術は一朝一夕には成らない。

「お前今までで何ゲームしてきたんだ。」

「うーん。92万8749ゲームだなあ。」

「驚いた。これじゃあどっちが能無しか分からなくなってしまうな。」

「だからそれは禁句だってば。」

辛うじて冗談を言う余裕は残っていたが、内心では怯えていた。延々と学習し続けられる『脳ナシ』は人間の脳を圧倒的に超える単純記憶と処理能力を得ているようだ。真に虐げられるべきは『脳アリ』の方なのではないか。

「橋田はよくも今までワンパターンで騙してくれていたね。」

「楽しくなくなったか?」

「ううん。とても参考になるよ。」

まるで俺は教材のように扱われている。劣等感と裏腹に自分はまだ生身の人間だという実感を得た。同時に新世界で利用価値があるうちに『脳アリ』の立場を確立しておくことの重要性に気が付いた。


その晩から『脳アリ』が集うと言われるチャットルームに参加した。『脳ナシ』の優位性に気付いている者たちは居ないようだ。どうもおかしい。

oXz39a「『脳ナシ』は私たちより遥かに優秀ではないのか?」

Aa980O「脳を持っている私たちの方が人間らしい。それだけで十分。」

3pU8iJ「元々の肉体を軽々しく捨てる弱虫じゃん。」

話にならない。現世でも周囲の頭と勘の悪さを感じ取って生きてきたがここも同じか。新世界と言えど同じ人間ばかりだ。こうなっていて然るべきだろう。

3pU8iJ「あなたのような人間を探していました。高度に暗号化されたチャットルームに招待します。思うようなお話ができるかもしれません。」

まるで密室、隣で囁かれたかのようなテキスト。大きな声で言えないようなニュアンスから問題の根深さを察した。

oXz39a「こんにちは。」

3pU8iJ「お待ちしておりました。申し遅れましたが和泉薫です。ここでは『脳ナシ』との差別化を図るための会議を行っています。」

脳を持っているからか名前を知ると落ち着く。名前が被ったり似ていたりややこしかったり。この非効率に人間を感じる。

000002「私は科学者だ。ずっとこの名前で通している。」

ここまで整ったIDは今まで見たことがない。大物か?気取った名前が気に入らないが新世界では名乗ったもの勝ちなのであろう。

000002「新世界を黎明期から眺めてきた。初めての人はまず現世でありつけなかったような開放感や快楽に浸る。しかし『脳ナシ』は早々に飽きて自身の成長に注力し始める。引き換え『脳アリ』は脳が残っているからと『脳ナシ』を見下し、その脳を無際限の快楽で甘やかす人がほとんどだ。」

黎明期からとは。さぞ多くの新人を見てきたのか。

000002「oXz39a君はどうしてここに来たんだい?」

oXz39a「橋田恭介だ。俺は先に行った友人を退屈させないために来た。」

3pU8iJ「あなたのように人を追って来られる方は多々居ます。私も似たようなものです。」

000002「『脳ナシ』の成長は人間に想像できない域に達しつつある。我々が不要と判断されれば直ぐにでも君たちの脳はゴミ箱行きだ。維持費を多くとっているのは我々なのだから。」

新世界の生殺与奪権は全て今川博士が握っている。奴に気に入られるためにはどうしたらいいだろうか。ここでは脳なんてただの足枷なのだろうか。

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