A2
「脳をそのまま新世界に接続することもできますよ。」
院長は新しい文句を引っ提げて中々病床を開けない連中を説得して回っている。
脳のみとなり接続された人間も新世界に増えてきたようだ。
俺は人間の死をどのように定義できるかを知らない。自分の思い通りにならなくなったら。心臓が止まったら。意識がなくなったら。人によって違うだろう。新世界とは言っているが、現世の意識を捨てた時点でそれは俺にとって死と同義である。新しい意識を作り出せているとしても現世の俺は死ぬことになる。だが、現世の意識をそのまま新世界に持っていけるならどうだろう。この意識は紛れもなく自分自身のものであるはずだ。
「院長。お願いします。」
退屈なんてもう御免だ。また髙井をポーカーで負かして一泡吹かせてやろう。あいつを満足させてやれるのは俺しかいない。院長は即刻移送の手配を済ませ、寝心地の悪い担架に縛り付けられた俺は喜怒哀楽入り混じる騒がしい船内で揺られた。
何時間後だろうか。ひやりとした室内に無造作に運び込まれた俺に無機質な声が呼びかけてくる。
「橋田恭介さんですね?」
「はい。」
「今回の施術についてご説明させていただきます。」
専門的な用語に加えて用意されていた画像やグラフすら見えない。難解な話の中でも新世界の生活に関わることは理解できた。脳を持つ場合は睡眠が必要になるうえ、記憶力や計算力は元々持っているものを使ってもらうということ。脳が寿命を迎えた場合は死の直前のバックアップをそのまま新世界に引き継ぐこと。娯楽はテキスト上での表現が可能なものに限ること。個人としては各自がIDと量子鍵を持つことで他人と接触したり記憶の保護を行ったりできること。基本的に欲求は外部からの刺激によって満たされること。他にも多くの説明を受けたが、俺は髙井に会うことしか考えられなかった。
「脳は大変デリケートな器官です。我々は扱いを心得ていますが100%とはいきません。仮に失敗するようなことがあれば脳を廃棄させていただきますがよろしいですか?」
「よろしくお願いします。」
この意識を失うことは怖いが、退屈も怖い。終わりの見えない恐怖が俺の心を蝕んでいくことが長い時間の中で感じられた。退屈は俺が自身の命をベットする決断に至らせるのに十分な理由となった。失敗したとしても違う俺が髙井と勝負をしてくれるだろう。いつの間にか俺の意識は深く落ちていった。
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