A1
「橋田ってほんっとに運がいいよな…」
親友の高井康明はワンペアにすらなり損ねたカードを投げ、吐き捨てた。放射線の脅威が日増しに強くなる中、病院でできる娯楽など限られている。既に指先は感覚がなく、目も霞みつつあるが脳は相も変わらず勝利の快楽を求める。
「腹が減ったなあ……」
最低限の栄養素の摂れるカプセルを流し込みつつ二人はカードを引き続けた。
「そういえば聞いたか」
髙井は唐突に今朝行われた院内放送、今川博士の新世界について意見を求めてきた。確かに人類がこのまま生きていくには厳しい世の中であるし、不自由な身体を捨てたいと考えるのは自然な流れだ。
「既に100万人規模で移住してるし、腹も減らなくて快適らしいぜ」
髙井は続けるが、俺はこの不自由こそが生きている実感を生むと思った。
「橋田も来てくれるなら退屈しないで済みそうなんだけどなぁ……」
俺の表情だけで返答も聞かないままベッドへ戻っていった。実際、この病院からも新世界へ旅立った人間も出始めている。病床もサプリもろくにない病院としては直ぐにでも俺たちのような肉塊を掃き出してしまいたいところだろう。院長は待合室のモニターに今川博士の講演を流し続け、申し込みの相談には熱心に乗っているようだ。そんなにいいものなら真っ先に自分が逝けばいいのに。橋田は天邪鬼な決心を抱きながら眠りについた。
1週間もしないうちに指先は動かなくなり、1か月後にはスートすら判別できないほど弱っていった。意識だけがはっきりしていることが悔しかった。
「すまん髙井。もう勝負できないや。」
自分が謝ることではないと分かっていても。20年近くの付き合いである親友には謝っておきたいと思ったのだ。
「正直俺も限界なんだ。」
髙井は頭痛、嘔吐、耳鳴りといった症状で眠ることすら覚束ないことを告白してきた。
「もうちょっと頭が軽ければお前に勝てるんだけどなあ。」
「馬鹿言うな。お前なんぞに負けるか。」
翌日髙井は綺麗な姿のまま旅立っていった。
今の俺には髙井がどう過ごしているのか想像もつかない。彼は苦痛に塗れた身体を捨てられて喜んでいるのだろうか。どうせ親友の俺が居なくて退屈しているだろう。現に俺が退屈しているのだから。光を失った世界で今までの人生を思う。
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