ノーマター
木森
第0話 今川零士
天才科学者今川はこの世界に限界を感じていた。
10年続いた核戦争により、人類は生きる環境を失い続けている。
「私が新しい世界を興そう。」
過去に出資を受けたことがある大富豪たちにあたりをつけ、その中でも指折りの者たちに声をかける。量子コンピュータ内に脳そのものをコピーし、半永久的に意識を保存するプロジェクトは特に老齢の者たちに受けが良かった。
「金さえあれば1億人の脳の容量にも対応できるほどの巨大なシステムを作ることができる。」
5人の老人はマウスなどを用いた実験の説明を受け、今川に電脳世界での特権を認めさせたうえで、プロトタイプとしての参加と巨額の出資を了承した。
システムの構築が進む中で世界情勢は悪化の一途をたどり、多くの人類がこのプロジェクトに興味を示した。
被爆や飢えに苦しむ人々が今川の研究所に殺到する。培養液の中から脳だけの姿となった今川は助手たちに全員を救うように指示し、大半の人々が脳のコピーを取られた後、安楽死していく。しかし今川の脳を見た人の中に「私たちもあのようにできないのか?」と質問をする者たちが現れた。
「このような姿になりたいようなら好きにさせろ。」
今川は無機質な声で語る。
「早くこの苦しみから逃れたい!」
「この世界に未練などない!」
肉体があるが故の苦痛を味わいつくした彼らは、ほとんどが全ての身体を捨てて新世界へ旅立った。
現世を捨てきれない者は生きたまま脳を摘出され、培養器から新世界へ接続された。
中には富裕層であろうか。現世への不満が少なく、死んだときの保険として参加する者も居たが、今川は「人間臭い」と喜んで歓迎した。
コピーされた新人類は1人当たり1PBの容量が割り当てられ、脳を持つ者たちは生来の脳そのものを記憶媒体とした。そして互いに共通するものとして、個人識別用のIDと量子鍵を与えられた。
今川の新世界が運転を創めた。
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