五章 暗闇より希望の光 その5
「血肉の果実? 何ですかそれ?」
括正は小走りしながら一誠に質問した。一誠は少し驚いたが、優しく答えた。
「知らないのか? 食べれば本来の儀式や道具なしで吸血鬼になれる魔法の果実だよ。」
「何すっかそれ? 僕すごく食べたいな。」
括正が貪欲に言うと、同じく小走りしている一誠は人差し指を出して横に振った。
「ノンノン、括正君。都合が良すぎる話ほど警戒心だ。君がなりたいのは白吸血鬼だろ?」
あ、はいっと括正は答えると、一誠は話を続けた。
「血肉の果実を食べてなれるのは黒吸血鬼のみ。おまけに体の自由が効かない暴走状態になるんだ。」
そう言いながら、一誠は拳に力を入れた。
「括正君が知らないのは無理はない。血肉の果実は俺や括正君が生まれる遥か前に全部燃やされた。ところがだ。」
一誠は一息いれるとまた話し出した。
「蛇光は古代魔法を使って、血肉の果実の生成に成功したんだ。」
「え? 何のために?」
驚いた括正が質問すると、一誠は答えた。
「蛇光が好むは暴力と混乱の世界。血肉の果実を食べたものは彼のためのおもちゃだ。タチ悪いことに彼が血肉の果実を与える人に基準はない。唯一の条件は彼の本性を知らない人ってことだろう。……それは我々が不完全な存在であるため仕方のないことなのだろう。」
そう言うと一誠は顔をキョロキョロし始めた。
「まいったな。兆の区にはいないってことか?」
・・・
・・・
「ここは……どこかしら?」
蛇光の手を掴んだ幸灯は、しばらくして景色が変わったことに気づいた。大きな崖の上から広がる大地があった。蛇光は言葉巧みに話し始めた。
「絶景だな東武国…と言いたいところだけど、苦しんでいる魂がチラホラ。この崖からは東武国全体を見れるんだ。美、魚、蓮、獣。全部だ。」
「あれ? 兆の区は見れないのですか?」
幸灯は不思議そうに訊くと、蛇光は少し考えごとをしながら答えようとした。
「う、うむ。残念ながら今は見れないのだなぁ。」
(危ねえ! もう少しだけ兆の区に長居してたら、余は赤の戦士に見つかっていた。)
「それより感じるか? 国民の嘆きが、苦しみが、痛みが。こいつらが苦しんでいるなかで、贅沢をしている者がいるのだ。そんなことあって良いのか?」
この蛇光の問いかけに幸灯は戸惑っていた。
「大名や貴族の娘にはそなたと同じ歳の者もおるぞ。君はボロ着で明日の飯も困る毎日。対して彼女らは贅沢三昧。……特に美の区がひどいな。この理不尽、変えたいとは思わないか?」
幸灯は何か間違っていると少し思いながらもつい深くゆっくりと頷いてしまった。
「ではまた余の手を掴むがよい。」
手を差し伸べた蛇光の手を幸灯は無言で握ってしまった。すると今度はある村の前に二人は移動した。
「ここは美の区だ。ちょうどいい土だな。」
蛇光はそう言うと、幸灯の手を離し、左腕でまるで地面から何かを引き上げる動きをしながら、呪文を唱えた。
「ラーシン、ラーシン、ラー。」
すると、木の芽が出てきたと思いきやすぐに小さな木へと成長して、固まった血と同じくらいの濃さの赤い実がなった。幸灯の目はそれを見た瞬間、ついとりこになってしまった。
(なんて美しい実なのでしょう? これを食べれば私もこの実のように美しくなれるんじゃないかしら?)
幸灯がそう思っていると蛇光は木の実がついた枝を幸灯の方に近づけた。
「そなたのやることは至って簡単。これを枝から取って食べればよい。一口でいい。そうすれば無限の力が手に入り、そなたの願いが叶う。運命を掴み取り、不公平をなくすのだ。」
幸灯は多少戸惑ったが、実の魔力に吸い寄せられるように手にとってしまった。
(運命をこの手に!……私をバカにしてきた方々を見返せます。そして私は女王に…。)
幸灯はその赤い実を一口食べた。変化が起きたのは飲み込んですぐだった。
「うう、……」
吐き気がした幸灯は口を抑え、横に倒れてしまった。
「うう、苦しい! 苦しいです! 痛い! 蛇光様助け…え?」
幸灯は立っている蛇光の顔を見ると、悪魔のような微笑みをしていたことに気づいた。
「シャッシャッシャッ、引っかかった、引っかかった! そんな都合のいい願い果実あるわけねえっての!」
「そ、そんな。うう、痛い。」
幸灯は苦しそうにお腹を抑えると、蛇光は笑ったまましゃがんだ。
「喜べ小娘。貴様のおかげで役者は揃った。貴様は余がこれから繰り出す悲劇の一員になるのだ。」
そう言うと蛇光は幸灯に背中を向けて、両手を交差させて念術を唱えた。
「念音波 “聴覚醒” !」
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