五章 暗闇より希望の光 その4

「ハァ、ハァ、ハァ、ハァ…。」

 幸灯はお面を被ったまま必死で夜の森を走っていた。それを追う影が複数いた。

(まずいです! まずいです! まずいです! まさかあちら側にやり手が何人も根回しされていたなんて! 情報が違います! 一体どうやれば振り切れ…)

 突然縄が飛んできて、幸灯の腰回りを捕らえた。

「あっ!…いや、うぐっ!…うわっ!」

 幸灯はか弱い体を縄の主へと引っ張れることしかできなかった。

(嘘……捕まったの私? 私どうなっちゃうの?)

「イヒヒ! 捕まえたぜ! おいお前ら、一番手柄は俺だかんな!」

 縄の持ち主はそう言うと、引っ張られて横に倒された幸灯を黒い服の者達が取り囲んだ。一人が無理矢理幸灯のお面を取ってしまった。

「くっ…返してください!」

 幸灯は必死に嘆願した。お面を外させた男は少しにやけた。

「まさか怪盗獅子騙しがこんなお嬢ちゃんだったとはな。」

「は、離してください! 私が何をしたと言うのですか? 私はただあの屋敷に忍び込んでお金とお宝を盗もうとしただけですよ。」

「いや、それがダメなんだよ!……よく見るとかわいいな。役人に届ける前にたっぷり遊んでやろうじゃねーか。」

 もう一人の者がツッコミを入れた後に幸灯を観察して歩み寄ってきた。

「いやあ、来ないで! いやです!」

 必死に抵抗する幸灯の願いを聞き入れる者はいなかった。

「イヒヒ、いただき、ぐはああ!」

 突然その者の心臓の位置から刀の先が突き出てきた。正確に言うと暗闇より刀が飛んできて、勢いよく背中に刺さったのだ。刀はまるで意思があるように体から抜かれると死体は仰向けに倒れた。複数いた者達は動揺を隠せなかったが、その場で浮いている刀に容赦はなかった。

『キャアア!』

『グアア!』

『うわああああ!』

『やめてくれええ!』

『いでええええ!』

 なす術もなく次々と黒い服の猛者達は自由自在に立ち回りをし、瞬足に動く刀に殺されてしまった。

(い、一体何が起きているというのですか?)

 幸灯は腰を抜かしたまま、しばらくその場を動けなかった。

「ヒッ、ひー!」

 縄を持っていた男も縄を離して、その場を逃れようとした。しかし、しばらく走った先には刀を自由自在に操っていた蛇光が待ち構えていた。

「え? 蛇光様…ゴッ!」

 生き残りの心臓に蛇光は手を向けて容赦なく殺意の念を込めた。

「苦しいでず……何故ですか? 俺らはあんたらの命令通りに待機して追いかけただけですぞ?…」

「ああ、ご苦労。だがお前ら、余の手下だから偉いのか? 余の手下は何人いると思っている?」

 蛇光は小声でそう質問をしても、生き残りは死に倒れてしまった。

「余は手下が増えて越したことはないが、減っても困らんのだ。」

 そう言いながら、蛇光は声質を変えて優しい声で叫んだ。

「旅のレディ、大丈夫かー⁉︎」

 この声に幸灯はすぐに反応した。

「はい! 大丈夫です!」

 幸灯が元気に返事をすると、蛇光は暗闇の中から姿を現した。

「は、白馬の王子様。…ハッ!」

 幸灯は思ったことを口に出していたことに気づき両手で口を塞いでしまった。

(余を白馬の王子とな?…気に入ったぞ。)

 蛇光はそう思いながら、笑顔で手を差し伸べた。

「はっはっはっ、照れるではないか。しかし余は白馬を所有していない。」

「え? あ、いえいえ。雰囲気のことを言っているのです。」

 幸灯は照れながら彼の手を握り起き上がった。蛇光は言葉をまた放った。

「余を誰だが知っているか?」

 蛇光は幸灯に問いかけると、幸灯はもじもじしながら答えた。

「東武国の英雄―侍大蛇、宮地 蛇光様ですよね?」

「ご名答。お嬢さんはとても聡明だな。しかし、はて? 何故盗みを? それにその服は英雄の前に立つにふさわしいか?」

 嫌なところを指摘され、幸灯は思わず腕を交差させて肩に置き、汚い服を隠そうとした。

「はっはっはっ、何、ただの冗談よ。」

 蛇光はそう言うと幸灯の頭を撫でた。

「しかしお嬢さんが盗みをしなければ生きていけないのはそなたのせいにあらず。そのような服しか着れないのも君のせいじゃない。」

「私のせいじゃない? それはどういうことですか?」

 幸灯は蛇光の考えが不思議がった。蛇光はよしよし喰いついた、と思いながら話を続けた。

「左様。そなたのような不幸な奴らがこの国にうじゃうじゃ。原因は天にあり。」

 蛇光はそう言いながら、夜空に指をあげた。

「天が権力者を選んだ。しかし幸せなはずの権力者の欲は底なし。だから天が戦と暴力を招き入れた。君や余がどれほどこの世界を良くしようと願っても、天は不幸を呼び寄せてくる。」

 蛇光の言葉には圧があった。それでも幸灯は自分の意見を述べた。

「で、ですが。ああしよう、こうしようと決めるのは私達です。天のせいじゃない!」

 幸灯の言い分に、蛇光はため息をした。

「ならば尚更だ。天は我らに感情という重荷を与え、不完全にしたのだ。先程余が言った戦と暴力を始め、貧困、飢餓、病に死。感情の衝突がなければ生まれないものばかりぞ。」

 蛇光はそう言いながらドラマチックに空を仰ぎに両手を広げると、ふとあることに気づき幸灯の方を向いた。

「感じるぞ。そなたの野心。言ってみよ。」

 蛇光はそう言うと、幸灯は動揺しながら恐る恐る答えた。

「お金を貯めて…国を出て…土地を買って…誰でも受け売れる民主主義で自由な国を作って…その国の女王様になることです。」

 幸灯は正直に答えると、蛇光は悲しそうな顔をした。

「素晴らしい夢だ。しかしそんな夢を持つことはこの国も世界も天も許さないだろう。」

 蛇光はそう言うと、幸灯は少し涙目になっていた。

(わかっていますよ、そんなこと。誰も私を心から…)

 幸灯はそう思っていると蛇光はしゃがんで彼女の肩に手を置いた。

「だが余は許そう。いや余以外許さぬ。」

 そう言うと、蛇光は立ち上がった。

「そなたの願いを叶える方法を余は知っている。だがそのためには余の言う通りに行動してもらおう。」

 そう言うと、蛇光は手を差し伸べた。幸灯は涙を拭いて侍大蛇の手を掴んだ。

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