四章 道化と軍師、そして狼 その4

(いいぞ、いいぞ、実にいい。東武国が生み出した逸材だ、あの小娘。)

 数日気配を消しながら、いかれていて活かしている人狼―バルナバは幸灯を追跡する際に思っていたことだった。

(五つの区で最もまとまりがなく、混沌として争いが多い獣の区。その区に小さなコソ泥は何をできると思ったら、戦場漁りの技術も持っていたとは恐れ入る。しかも何が金目になるか見抜いているから、無駄な物は拾わんとは、計算高い守銭奴よ。)

 バルナバは戦場跡を黙々と“宝”を拾い上げる幸灯を思い出しながら、賞賛を与えた。

(おまけにずる賢い質屋を脅すために公家の紋章まで盗んであるとは悪を屠る悪だ。)

 少し距離を取られたバルナバは地面の匂いを嗅いでから追跡を続けた。

(あの小娘一見のほほんとしてながら、泥棒としての技術も一流だな。小者の家に目もくれず大商人の館や大名の城を狙い、大成功するから怪盗だ。)

 バルナバの口からはにやけが止まらなかった。

(奴が盗んだものを隠す場所もなかなか凝っている。人がいかにも通らない場所を選ぶ上に宝を隠しているのはここだけじゃないとみた。さらに追加点…)

 気がついたらバルナバは幸灯が宝を隠す洞窟の目の前にいた。躊躇無く手を伸ばすと彼の体に電撃が走った。

(この洞窟は指紋式の魔法結界が張られている。注意深いことだ。……出てくる、隠れよう。)

 バルナバは急いで茂みに隠れた。全く気がつかない幸灯は大きな袋をサンタクロースのように抱えて出てきた。

(あそこに入っているのは金貨やお宝か? 何をするか予想できねえ! だからこそ観察しがいがあるものだ。)

 バルナバはそう言っていると疲れている幸灯の声を耳にした。

「ふー、ふー…。距離と道は把握済みです。さて、華麗に参りましょう。」

 幸灯はそう意気込むと木々を抜けて走っていった。バルナバは再び尾行を続けた。

(今日もあんたの悪を拝見させてもらうぜ。)


・・・

・・・


「気が変わった。お忍びの護衛、侍道化が引き受けよう。」

「君は俺の裸に興味があるのか?」

 お昼少し過ぎの美山城の大浴場を窓から覗きながら言う括正に対して、風呂に浸かっている武天は問いただした。括正は浴場を見渡した。

「チッ、混浴だって聞いたのにあんた一人かよ。」

「なるほど。…俺は大抵時間を貸し切って一人で入るのだよ。残念だったな。」

 武天はため息をついてから括正に話を続けた。

「君のことだ。報酬の内容やあらかじめ知っておきたい情報や条件も特定のものなのだろう?」

「もちのろんだ。それらがなしなら諦めてくれ。今回のお忍びはこれまで以上に死と隣り合わせだしね。」

 括正はそう忠告すると、武天は軽く笑みを浮かべた。

「ありがとう友よ。しかしなぜ急な心変わりをしたのかね?」

 武天は質問をすると、括正はまじめに答え始めた。

「考えるまでもないことだ。指示をする者だからこそわからないことがある。前線に行ったらわかることもある。それだけだ。」

 括正は話を続けた。

「条件の一つだ。あんたを守るための修行ももちろんだが、場所も知らなきゃ始まらない。友達ではなく、若殿として戦の前の獣の区への視察の任をくれ。」


・・・

・・・


(あの小娘を追って随分経つ。一体どこへ? どっちにしろものすごい悪事を繰り出すに違いない。)

 フードをずっと被ったままバルナバはそう思っていると、少し大きな村にたどり着いた。家は何個もあったが、見るからに貧しそうな村だった。

(へっ…ガキの頃を思い出させる弱者の巣窟だな。こういった劣悪な場所から俺やあの小娘のような悪が生まれるのかもな。しかしここで何を? 絶望の上に絶望を上乗せ? あの小娘は一体この村で何をやらかすつもりだ?)

 バルナバが色々考えていると、どこかの屋根の上から綺麗な透き通った声が聞こえた。

「ししししし〜♪ たたたたた〜♪ ドドドドドーンドーン〜♪ むーらーのみなさん、こんにちは〜♪ 私は怪盗獅子騙し〜♪ 無敵で素敵な獅子騙し〜♪ 強きを騙して、弱きを助けるスーパースター〜♪ お金に食べ物、困った村人〜♪ 寄りなさい〜♪ 使いなさい〜♪ 役人見廻り来る前に〜♪」

 猫のお面を被った幸灯が歌い終わった頃には、村のほとんどの者が表に出ていた。バルナバは唖然としていた。

(わからん! 奴め、何をするつもりだ?)

 答えはすぐに出た。幸灯はまるで踊るように無数の屋根を転々としながらお金やお宝をばら撒いたのだ。

「ありがたやー、獅子騙し様。」

「これでしばらくは喰っていけるべ。」

「神よ、獅子騙しに祝福とあなたの加護を〜。」

「拾わな、拾わな。そしてサンキュー。」

「うう、救いなき我らに…ああ、天使よ。」

 その場にいた全ての者が喜びに溢れていた。一人を除いては。

「ぐうう、なんだこれは? 期待外れにも程がある。悪の美学の風上にもおけん奴だ。」

 バルナバは辿った道を遡り、幸灯を待ち構えることにした。しばらくすると、お面をとった幸灯がスキップでやってきた。

「ランランララ、ランラン、ララ、ああああああ、キャッ、あああ、あぐっ!」

 バルナバはいきなり茂みから飛び出して、幸灯の横腹を爪を立てない状態で蹴ったため、幸灯は悲鳴をあげると共に横に吹っ飛んだ。

「な、なんです、あっ! うっ、痛い!」

 横に寝てた幸灯をバルナバは仰向けになるように足を使い無理矢理整えてから、彼女のお腹を踏みつけるのだった。

「お嬢ちゃんのようなチンケな悪を俺は認めない。よくも俺の悪を踏みにじりやがったな!」

 バルナバは静かな殺意を燃やしていた。幸灯は痛みと恐怖で震えながら応対した。

「く、苦しい! な、なんのことですか?」

「とぼけるな。俺から通りすがりに盗んだだろう!」

 そう言うと、バルナバはフードを取り狼の顔の全体を見せた。当然幸灯は悲鳴をあげた。

「きゃあああ!…あ、はい。」

「いや、リアクション微妙だな最後だけ。最後までちゃんと俺を恐れろよ。なんだあ、はいって?」

 最後だけ、涙目になりながらも少しだけ落ち着いた幸灯にバルナバは疑問を感じた。幸灯は淡々と答える。

「なんか本当にすみません。私あなたと会う前に目玉が一個の大男だったり、でっかい海を泳ぐゴリラだったり、酔っ払った後に嘘をつきまくって、挙句の果てに私をちょこっと無理矢理知ろうとした頭から角の生えたお方だったりと、変な方々と遭遇しています。それに比べると喋る狼さんは一瞬怖いですけど、少し弱いです。」

「確かに俺の前にそんな奴らに遭遇してたら反応困るわ! 最後の奴に関しては結構悪い奴だし。」

「あ、その方はとっても信頼できてかっこいいんですよ。」

「どこをどう聞けばお嬢ちゃんはそいつをかっこいいと思えるんだ? …思い出せないなら種明かしだ。お嬢ちゃんは数日前俺から金を盗んだ。」

 そう明かしたバルナバに対して幸灯は呆れ顔をついしてしまった。

「いや盗んだ相手のことなんて多すぎていちいち覚えていませんよ。」

「そこだけ悪の鏡なの逆に腹立つ! …とにかく俺を見て恐怖を感じろ!」

 そう言うと、バルナバはもう一度狼の顔をはっきり見せた。幸灯はじっと彼を見つめたが、頰を染めてしまった。

「いや、謎のリアクションだな。あんたちゃんと俺の顔見てる?」

 バルナバのツッコミに幸灯は頰を染めたまま答えた。

「あなたはよく見ると怖くない。むしろとても美しい狼さんです。よく見たらあなたの瞳も、あっ!」

 話している途中の幸灯の腹を痛めさせるべく、バルナバは容赦無く脚に力を込めた。

「ううう、ひいっ!」

 痛みに苦しむ幸灯の首元にバルナバは軽く爪先をあてた。

「俺をお嬢ちゃんの視覚的美しさの基準で評価するんじゃねえ。俺は俺の見てくれを第一に惹かれる奴は大っ嫌いだ。見かけで判断するなら恐れおののけ。」

「あっ、うっ!」

 バルナバはさらに脚に力を入れたため、幸灯はさらに声を上げた。

「私みたいなどう見ても弱そうな女性に暴力を振るうなんて、あなたは最低です!」

 幸灯の言い分に今度はバルナバが呆れ顔をして、ため息をついた。

「おいおい、中途半端な正論で俺を失望させるなよ〜。」

 バルナバは足で幸灯を抑え込んだまま、両手を横に大きく広げた。

「男性が女性に暴力を振るうのは紳士にあらず? 女性は弱い男性に暴力を振るっていいのか? 俺からしたらお前ら女は自分の弱さを主張して強くなろうと努力せず、他力本願で男を追い詰める輩が目立つ。たちが悪いのはどっちだ?」

 バルナバは両手を広げたまま、両人差し指を自分の方に指した。幸灯は黙ったまま何も言い返せなかった。

「女性に暴力を振るう俺は最低? ちがーう! 暴力を誰に対しても振るう俺が最低なのさ。」

 バルナバはそう言うと片方の人差し指を幸灯の方に向けた。

「性別というくだらない盾を正論に追加するなんざかっこ悪いことこの上ないぜ。その盾はお嬢ちゃんが一番女性を馬鹿にしてる証だ。」

 このバルナバの発言に幸灯はまたしても何も言い返せなかった。バルナバは話し続けた。

「さて話を戻そう。…答えろ。なぜあんなことをした?」

「え?」

「なぜ金やお宝をばら撒いた?」

 バルナバの質問に幸灯は勇敢に答えた。

「…私の性分です。ある程度の額が溜まる度に何割かを裕福じゃなさそうな場所にばら撒くことは泥棒稼業を始めた時から決めてるんです。」

 バルナバには幸灯の行動が理解できなかった。

「あんな村の奴らは何かをしても何もしなくても勝手に死ぬ。誰も気に留めない奴らだ。はっきり言っていなくても世界は勝手にまわっていく。」

「だからこそですよ。」

「あ?」

 バルナバの威嚇に少しびびったが、それでも幸灯は答えた。

「私は無価値な方がいるなんて意地でも信じたくありません。だから誰かが無価値と考える人ほど助けたいのです。確かにその場しのぎかもしれませんし、獅子騙しとしてちやほやされたいという自己的な欲もあります。しかしその行為で彼らのことを気にしてる存在がいるという希望を与えられたらと思うのです。」

 幸灯のこの自論にバルナバは嫌気を指した。それに気がつかなかった幸灯は彼にある質問をした。

「あなたも世のため、人のため、隣人のために何かをしたいという気持ち、あるんじゃないですか?」

「え? 全くもってないけど。」

 この言葉に幸灯は唖然とした。

「じ、自分さえよければいいのですか?」

 幸灯は再び質問をした。

「ああ、別にいい。」

「え?」

 幸灯は再び驚いてしまった。バルナバはその顔を見て思わずにやけてしまった。

「おいおい、どしたどした〜? 悪魔を見るような顔だな〜。俺の言うことそんなに変か〜?」

 バルナバは空に指を向けた。

「俺の人生という名の物語の主人公は俺。目的は好きに生きること。他の奴なんざどうでもいい。人助けや関係作りなんざ時間の無駄だ。…あんたどんだけ涙流すんだ?」

 バルナバは幸灯が再び涙目になっていることに気づいた。

「かわいそうな人……あなたは自分が傷つくのが怖いからこそ他人と繋がりを持ちたがらないのですね。人の優しさにあまり触れたことがないから、誰かのために何かしようと思えないのですね。……とてもかわいそうな人。」

 この幸灯の発言に、バルナバは怒りで彼女の胸ぐらを片手で掴み持ち上げた。

「う…。」

「知ったような口をこれ以上訊くな! この…」

「見つけたわ、この野郎! 覚悟しなさい!」

 急に横から声が聞こえたので二人は目を向けると、そこにはルシアがいた。バルナバは冷静さを取り戻し、幸灯はガタガタ震え出した。

「う、嘘……だって清子ちゃんが…。」

 その時、ルシアと幸灯はつい目が合ってしまった。

「あらあらあら、女王志望のお馬鹿さん、幸灯ちゃんじゃない〜?」

 この発言にバルナバは幸灯の方を向いた。

「え? お嬢ちゃん泥棒のくせに女王志望? 現実見ろよおばかーん〜。」

(うう、頭のネジ飛んでいる方二人に馬鹿って言われた。……だけど二人とも怖くて何も言い返せない。)

 一方ルシアはとても喜びで溢れていた。

「うふふ、幸灯ったらまた私に遭遇するなんて、哀れ、あ、わ、れ。こいつの前にあなたを殺そうかしら?」

 次にルシアはバルナバの方に指を指した。

「あんたも、私の復讐リストに乗るなんてあ、」

「ルシアさん手帳つけてるんですか? 意外とまめなんですね。いい生活リズムが、」

「いや何お前お世辞で私の毒牙逃れようとしてんのよ! あんたもリストに入っているからね!」

 ルシアは再びクールを取り戻した。

「とにかく狼さん。あなたも哀れよ。そして私は非常に運がいい。」

「そいつは不正解だ。なんの巡り合わせかは知らんが一番運がいいのは俺だ。そしてお前らは同列でな〜」

 バルナバから見たルシアの位置の反対側の木々から狂矢が現れた。

「実質最下位やないかい!」

 幸灯はまた絶望を感じてしまった。そんなことを気にもせずに狂矢は喋り続けた。

「デカい女は腕の恨みで燃やし斬る! 小さい女はそうなった発端ということでこれも恨みで燃やし斬る! 狼……お前は討伐任務の対象。以上だ。」

 これを聞いてバルナバはにやけ出して、幸灯を近づけ耳打ちした。

「気が変わった。お嬢ちゃん運がいいな〜。逃がしてやる〜。」

「へ?」

 考える暇もなく、幸灯はバルナバが空いている手で発生させた竜巻によって宙に回りながら木々より高く浮かされてしまった。

「きゃあああ、うわあああ!」

 幸灯が悲鳴をあげるなか、侍と魔女は驚いていた。

「なんだこの質の高さは⁉︎ 俺の“ビート”じゃ打ち壊せねー!」

「はぁー! 神の血を持ってないのに自然現象? ふざけないで!」

 そんな彼らの言葉を気にもせず、バルナバは勢いよく球を投げるように腕を動かした。

「おらああ! っと。」

 すると、幸灯を乗せた竜巻はバルナバが腕を動かした方向へと飛ばされてしまった。

「きゃあああ! いやあああ!」

「「てんめえええ‼︎」」

 森の奥に消えて追跡不可能になった小娘を逃がしたバルナバに対して、ルシアと狂矢は莫大な殺意を向けた。バルナバは高笑いをして、歓喜した。

「あはははは、ヒュー、ヒュー! いいね、いいね。二人ともナイスな殺意。お嬢ちゃんを逃がして正解だったぜ。これでお前らは俺に集中的に戦いを挑む。俺のせいで獲物取り損ねたんだから必然的だ。」

 バルナバは大きく息を吸った。

「大きくて悪い狼さんの討伐試合。開始だ!」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る