四章 道化と軍師、そして狼 その5

「空がこんなに青いのに、野原が緑が溢れているのに、何故ここで戦になんなきゃいけないんだろう?」

 条件通り獣の区の視察に来ていた括正は、空を仰ぎながらそう言った。

「まあ、深いこと考えても辛いだけだね。とりあえずここの地図と実際の場所を把握したし、戦いが起きそうな違う場所も見てみよう。どこで鉢合わせになるかわかんないし。……風が吹いているなぁ。。……吹きすぎている? え? えええええええ⁉︎」

 括正が立っていた野原の先の森から不規則な風の音がしたので目を向けると、巨大な竜巻が彼の方向にゆっくり向かっていた。

「避けられない速度じゃないけど、この区はどうなっているんだ?」

 こう言っていると括正は聞き慣れた声を竜巻の中に聞こえた。

「きゃあああ! いやあああ!」

「え? 幸灯?……幸灯だ!」

 括正は風に好き勝手振り回されている幸灯を確認した。

「なんとか助けないと……よぉ〜し。」

 括正は刀を抜くと、竜巻の下の方目掛けて技を身構えた。

「飛斬、黒豹の咎!」

 人魚脅しに使った遠距離攻撃は竜巻の下を直撃したが、竜巻の勢いをすり抜けて、森の方へ飛んでしまった。

(クソッ! 今の僕が放つ黒豹の咎じゃ竜巻に対抗できないか! だけど父上はこの技は遠くへ飛べば飛ぶほど空気を吸収して強くなりそうって言ってたな。いや、そんなことより早く幸灯を助けなきゃ!)

 刀を一旦鞘に納め、括正はターバンを脱いだ。

「んめええええ!」

 括正は気合を入れて叫ぶと、頭に生えた二本の角は大きく伸びた。それから力づくで二本の角を折った。折れた先からすぐにまた最初と同じくらいの大きさの角が生えてきた。

(割と痛みないんだよね。さて…。)

 括正は角を二つとも地面に突き刺して、そのまましがみついた。

(踏ん張り、耐える!)

 とうとう竜巻は括正に直撃したが、括正は宙に浮かずにそのまま台風の目に入った。

(よし、浮かねえために片手は角にしがみついたまま、刀を出す…今だっ!)

「鈍、斬烈結界!」

 括正が生み出した黒い広範囲の斬撃が風の勢いを少しずつ殺した。

「きゃあ、え、あ。」

 気がついたら幸灯はゆっくり地面に向かって舞い降りていた。

「はい、捕まえた。」

 括正は素早く幸灯の降りそうな場所に移動して見事お姫様抱っこの体勢でキャッチした。

「え? 括正?」

「久しぶり〜。どうしたの〜? ……ん?」

 括正は幸灯が今にも泣きそうなことに気づいた。

「うう、うえーん!」

 幸灯はそのまま括正の近い方の胸に顔を寄せて泣き出した。括正は優しく幸灯の頭を撫でると、自身が疲れないようにゆっくりしゃがみ、その場で座り込んだ。しばらくして幸灯が泣き止むと、括正は地図を出して幸灯に質問することにした。

「ねえねえ、これ見てー。今僕達はここにいるんだけど〜」

 そう言いながら括正は現在地を指した。

「幸灯は風に飛ばされる前はどこにいたのかなー?」

 幸灯は鼻水を吸いながら地図に指を指した。括正はそれを見て驚愕してしまった。

「え? ここからか? それは本当かい? なんて距離だ。」

 括正は地図をしまうと、幸灯にもう一度質問をした。

「何があったのー? 教えて欲しいなー。」

「そ、その……やだ、言いたくない! 思い出したくない!」

 幸灯はそう言うと括正の胸に顔を寄せた。

(な、なんだこの子? かわいいなぁ〜もぉ〜。めっちゃほっぺすりすりしてくるんだけど〜。)

 括正はそう思っていると、幸灯は落ち着きを取り戻した。

「怖い人に遭遇して、さらに怖い人がやってきて、風の後に括正ですから、存在が癒しでしかないですよ〜。」

「どんな状況? ……まあいいや。とりあえず僕はまだ獣の区でまわんないと行けないんだ。幸灯の方が詳しいと思うし付いてきてよ。」

 幸灯はいいですよと返事すると、しばらく二人は一緒に行動をとった。


・・・

・・・


「もぉあったまきた!」

 戦いの中、ルシアは怒りで叫ぶのだった。バルナバはにやけて反応する。

「わかるぜ〜。俺も戦いが楽し過ぎて体があったまってるぜ〜。」

「誰がたこ焼きよ! あんたら倒れてくれないから頭にきてるのよ!」

 ルシアはまた叫んだが、これに対して狂矢は呆れ顔だった。

「へっ、おめえが俺達のビートにワンテンポ遅れているのを八つ当たりするとは、笑止、笑止。デクレッシェンドだぜ。」

「あんたもあんたで何言ってるのかわかんないのよ。……生気を失え。暗風の双手ストーム・ワルツ!」

 ルシアは魔力を込めた煙のような手を出現させると、狂矢もバルナバも距離をとって身構えた。だがしかし二人は突然後ろから何かがより大きくなって向かっているのに気づいた。

((殺気‼︎ でかい! 速い! かわせ!))

 二人は即座にその場を離れた。察知出来なかったルシアは高らかに笑った。

「オホホホ、アハハッハッハッハ! なっさけないわね! まあこの私を目の前に、え?」

 括正が数分前に放った黒豹の咎は特大な衝撃波となって木々を破壊してやってきて、ルシアを直撃した。

「ぎゃあああ!」

 ルシアは痛みを感じながらぶっ飛ばされ、技は空の彼方へ、ルシアは空の彼方へぶっ飛んでしまった。尚この技の被害に遭ったのは幸いにも彼女だけであった。ルシアが立っていた場所に二人は戻ってきた。バルナバは相変わらずの笑顔で話し出した。

「飽きねえな〜東武国。今の飛斬を放った奴とも是非会いてえな〜。」

「夢見てんじゃねえ。お前は俺に斬られるデスティニーだ。」

 狂矢はそう言うと、新しくもらった左手で刀を持った。

「この手は伸縮自在だ!」

 狂矢は左手を勢いよくバルナバに向けて伸ばした。バルナバは鉄と同等の硬さの爪で向かい合った。しばらく続いてたが狂矢はまたあることを言った。

「この距離でも技は出せるぜ。火雷震!」

 バルナバからしては予想外だったが間一髪で狂矢の技を交わした。

「あぶね〜、あぶね〜。」

「まだまだよ!」

 狂矢は伸びた左手を地面に指すと地面に電流が流れた。

「ヤベ〜。痺れて動けない。」

 人狼は自分の状況を言うと、狂矢が右手を殴る体制に身構えたことに気づいた。。バルナバはまだにやけていた。

「こっちに来るんだな〜。」

「もちろんだ。縮め、とう!」

 そう言うと、狂矢は刀を刺した先にいるバルナバへの接近を始め、拳に力を込めた。

「侍の力を見せてやる。火雷拳!」

 狂矢は火と雷を帯びた拳をバルナバに向けるのだった。

 後日の話である。外国からやってきたイカれた怪人―災狼に朝廷に仕える一人の有能な侍が敗北したことが東武国の一部の地域に知れ渡った。

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