四章 道化と軍師、そして狼 その2

 舞台は獣の区に変わる。

「この乱世をこの俺が気合いで終わらせてやるぜえ!」

 海に面した崖の上で若い侍が誓いを立てていた。

「そして完璧に平和になったら、俺だけのキャキャでうふふなハーレムキャッスルを造るん…」

 突然海の中から一本のタコの触手がニョキっと出てきた。

「あひょお! え? あっれー!」

 触手は若い侍の首をガシッと掴み、海の中へ引きずり込んでしまった。その後、東武国の者で彼を見た者はいなかった。しばらくすると、海の中からルシアが上半身を地上に露わにした。

「ふははは! 一時はどうなるかと思ったけど、ようやく自己再生した下半身が正常に動いたわ。人間の肉ってすごくまずいけど、あいつらから感じられる恐怖は美味たるものだからよしとしましょう!」

 ルシアはそう言うと島を横で眺めながら平行に泳いでみた。

「さっきみたいに不意打ちで引きずり込むのもいいけど、色気を活かして口説いた上で奴らを限界まで引き寄せてから本性を露わにするやり方もいいわね。」

 ルシアは悪どそうな顔を浮かべた。

「数ヶ月前にその方法をやったら、そのお馬鹿さん調子に乗って、ペラペラと個人情報を暴露していたわね。名前は確か輝本 ガイ助だったかしら?」

 ルシアは舌舐めずりをした。

「私の気を惹こうとして頑張って自己アピールしたのに、逆に海に引き込まれて、哀れ、あ、わ、れ。まあその後、哀れな魂はともかく、骨はまとめて陸に放り投げたんだからあの世から感謝状くらい届きそうね。」

 ルシアは拳を握り締めた。

「次に岸辺で見かけた相手はその方法で引きずりましょう。」

 ルシアは続けて平行に泳いでいた。しばらくすると、ルシアはいかにも貧相そうな身なりの男の子二人と女の子三人が海岸で遊んでいるのを見かけた。ルシアは悟られないように潜って島と平行に泳ぎながら子供達がいた海岸を離れた。

「……まあ、見なかったことにするわ。次の奴を誘惑してから引きずり落とすわ。」

 しばらくしてから顔を出すと、薄汚いフードのついたマントを羽織った人物の後ろ姿が低い崖の上に立っているのが見えた。

(あの身長は……男ね。にしてもこの国の平均身長を軽く凌駕してそうね。とりあえず話しかけてみるか。)

「そこのおにいさ〜ん、こっち向いて〜ん! お、ね、が、いん!」

 ルシアは可愛さと美しさを意識しつつ、声を掛けた。その者は振り返らなかった。

(チッ、見向きもしないわ。……だったら…。)

「坊や〜! シャイなのーん? かわいいわね。お姉さんと楽しいお話しをして踊りましょう!」

 美しさをより強調したルシアのアプローチにも緑の衣の者は首を向かなかった。ルシアは歯ぎしりをした。

(何よ、あいつ! こっち向きなさいよー! 私がただの恥ずかしい奴じゃない! …冷静に考えたらすごく恥ずかしい発言の連発ですけど。もういい、力づくよ! 沈め!)

 そう思いながらルシアは勢いよく標的に向けて触手を伸ばした。ところが。

パシッ!

「なっ!」

 その者は見向きもせずにいとも簡単に触手を掴んでしまった。ルシアは触手を掴まれた腕の特徴に気づいてしまった。

(毛深い! こいつ何者? まるで死角がないみたい…。)

「あうっ!」

 ルシアはその者に触手を強く引っ張られ、陸へと引き寄せられた。その時、衣に隠れて見えなかったが、ルシアの標的は殴る構えをしていた。

(こいつ、私があのチビ魔女にやったように引き寄せて殴る気? だったら私が先に殴ればいいだけの…。)

 その毛のある者は殴らなかった。鉄のように硬い爪でルシアは引っ掻き、海にぶっ飛ばしたのだ。

「グ、痛い!」

 痛みに耐えて、すぐに起き上がると、敵がにやけた後に背を向け森の中に逃げるの確認した。

「てんめええ! 待ちやがれ! ぶっ飛ばしてあげるわ!」

 ルシアは二つの触手を人の脚に変形させて、その者を追いかけてた。

(クッ、やっぱり一回斬られてから新しく生えた下半身が万全から遠いわ。だけど、あいつを倒す体力はあるはず!)

 しばらく追いかけていると、その者は立ち止まったのでルシアも距離を置いて立ち止まった。

「ヒュー、ヒュー! あんたの殺意、いい感じに溢れているね〜。」

 その者はルシアを賞賛すると回れ右をした。フードをまだ被っていたため、ルシアはその者の顔としての部分は口と犬のような鼻しか見えなかった。彼は両手を後ろに巻き上げて喋った。

「あんたの言いたいこと、俺ならわかる。この俺様が何者かを知りてえんだよな?」

 その者は勢いよく上の衣を脱ぎ捨て、正体を見せた。彼は薄汚いフードの下に、西洋っぽい赤黒い上着にオリーブ色のズボンを着た二足歩行の180cm以上の身長がありそうな茶色い毛の狼だった。

「それを求めるはあんたの本能。俺様はバルナバ。誰よりも自由のありかを求める者!」

 しばらくの沈黙が流れたので、バルナバはまた喋り出した。

「あんたもなぜかこの国に引き寄せられたクチと見た。俺はあんたのクレイジー知りた…。」

「うっさい! 人狼風情が!」

 ルシアはバルナバに急接近して殴ろうとした。

(もらっ…。)

 ルシアは勝利を確信したが、バルナバに伸ばした手首を掴まれた。

「ヒュー! いいパンチやな〜。当たれば一興、当たれば、なっ!」

「あっ!」

 バルナバはそのまま、勢いよく片手でルシアを持ち上げた。

(力が、掴まれていない腕にも…触手にも…入らない! どうなっているの?)

 ルシアは不思議でたまらなかった

「俺のターン行くぞ〜。百鬼百叩きぃ!」

 ルシアの悲鳴をお構いなしにバルナバは何度も彼女を振り回しては、何度も地面に叩きつけた。バルナバは最後に海の魔女をボールのように勢いよく蹴った。

「ゴォォォル! ゴォォォル! エースストライカー、バルナバ選手やりましたっ! なんてな〜。」

 バルナバはポーズを何度か変えながら、勝利を確信した。怒りと屈辱と血にまみれたルシアは今度は弱々しく両腕を上げた。

「うう…まだよ。あ、暗風のストームそ、あっ、う!」

 ルシアの技の名乗りの途中で、バルナバは容赦無く双方の手首を目掛けて鉄の針を飛ばした。

「すまん、あんたとの戦い飽きた。レッドカードで退場な。」

「ふざけないで! 気紛れにも限度が…。」

「うっさい、なんちゃって。」

 ルシアの言い分を遮ると、彼は狼の手をパーにして、殴る構えをした。

「海に還れ〜。肉球風撃!」

 バルナバはパーのまま、ルシアに向けて腕を伸ばすと肉球から爆風が発生した。

「きゃああああ!」

 ルシアは何度も木々を突き破り、海の方へ突き飛ばされてしまった。戦いを終えたバルナバは再びフードを羽織った。

「いんや〜。東武国観光おもろいな〜。……なんかくる。速いな。」

 しばらくするとその場に猫のお面で顔を隠し、汚れた赤い和服を着た少女が走ってきた。少女はついバルナバにぶつかってしまった。

「あ、すみません。」

「おう〜。ペースを保ちつつ、気をつけな〜。」

 バルナバの言葉に返事を返さなかった少女は、その場を瞬く間に去った。しばらくしてから、バルナバはある異変に気づいた。

(ねえ…俺の財布がねえ。あれには大きなものを収納できてワンタップで取り出せる特別なコイン、バックコインも入っているのに…まさか! あの小娘が?)

 それしかないと思ったバルナバは急いで地面に顔を引き寄せ、匂いを嗅いだ。そのあと勢いよく起き上がる、不敵に笑った。

「ふふ、東武国よ。災狼と世界に恐れられている俺から金を奪うか? ククク、小気味いいじゃねーか。」

 バルナバは少女の後を悟られないように追跡することにした。それは少女が自分から盗んだもので何をするか気になったからだ。

「お嬢さん。計らせてもらうぜ、あんたの悪を。」

 その頃、バルナバがいる場所からだいぶ距離を保った場所で猫のお面を被った少女はお面を取り、財布の中身を確認していた。

「まあ、すごい紙の量、大量ですね。あ、これはあの人喜びます。半分は私の貯金に、残りはばら撒きましょう。」

 その正体である幸灯は中身を確認した後、森の中をスキップするのだった。

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