四章 道化と軍師、そして狼 その1

 括正と武天がちゃんと個人的に出逢ったのは括正が幸灯に泥棒の知識を教えてから別れた後、美の区のほとんどを支配する松平家の本拠地である美山城の倉庫である。

「城を今夜抜け出したい。報酬は可能なものを授けよう。頼めないか?」

 倉庫にある机に向かって筆を動かしていた括正に、武天は急に入ってきて話しかけたのだった。括正は一旦筆を止めると、周りを見回して窓の外を人がいないか覗いた。括正は目の前に立っている自分より身長が低く細身の少年が身分として何者か、そして美の区の敵や味方になんて言われているか既に知っていた。

「小声で近接な位置での会話というご無礼、失礼します。若。」

 括正はそう囁くと、武天は少し切なそうな顔をした。

「君でさえも俺を若と呼ぶのだな…。」

「武天様とお呼びした方がよろしかったですか?」

 武天は少し黙っていたので、括正は喋り出した。

「今夜は急過ぎます。どこに行きたいかの明確な場所とそこまでの安全な道のり、後ここを抜け出す方法を計画的に考えなければなりません。」

 この括正の言い分に、武天は少し驚きを見せた。

「断りはしないのか?」

 驚くのは無理もなかった。この頼み事をした家臣が全員断った為である。

「武天様は他の若君と雰囲気が違いますな。……このような人がいない時間帯に僕に会いに来るとは……もしかして、僕とは無礼講の関係をご所望で?」

 括正の質問に武天は嬉しそうに何度か、縦に首を振った。

「ああ、その通りだ。……駄目かね?」

「いいぜ。僕も友達あまりいないんだ。」

 さっそく、括正はタメ口で若殿に応対した。武天はお礼を言ってから、先程の質問をまたした。

「しかし、下手したら大罪だ。断らないのかね?」

「あんたはこの国を背負う候補の一人。これからどんどん忙しくなる。鳥かごを開けてくれる鍵職人がいてもいいと思うぜ。」

 括正はそう言ってから、さらに付け加えた。

「後純粋に金が欲しい。」

 武天は括正の欲の部分を聞いてしまい、軽く笑ってしまった。

「ハハ、君はやはり侍道化なのだな。見合った報酬はするから安心したまえ。」

「それは何より。ちょっと作業をしながら話させてもらうね。」

 括正はそう言うと、筆を再び持って書き続けた。武天は不思議そうに質問をした。

「先程から君は何を書いているのかね?」

「ああ、昨日僕が処刑台で首を斬った方々いたじゃん? 彼ら一人一人についての詳細を書いているんだ。」

 括正は説明すると、武天はまたもや驚いた。

「なんと⁉︎ 人斬り奉行の役職にはそういった事務的なことも含まれているのか? それぞれの役職を勉強したつもりだが、俺もまだまだ未熟だな。」

 武天は頭を掻きながら言うと、括正は彼の発言を訂正した。

「いやこれは仕事じゃない。僕が好きでやってるんだ。」

「……価値のない人生は幾らでもある。記憶から切り捨てられる奴もいるのではないか?」

 武天の少し冷酷な発言に括正は軽く笑った。

「ひひっ、さすがは鬼軍師。メリハリができてるね。確かに僕も戦場や戦いにおいて奪った方々の命は覚えようとしたらきりがないよ。」

 括正はじっと書き記している紙を見つめた。

「処刑される人間には救いようのない悪党もいれば、仕方なく魔が差した奴もいて、とばっちりを受けた奴もいる。しかし彼らの共通点は公に出た罪人であることとこの世で不要な存在とみなされたことなんだ。」

 そう言いながら、括正はもう既にその日書き上げた紙を何枚かを武天に渡した。

「ここには僕が直接処刑した方々一人一人の特技や長所などのいいところをメインに書いてるんだ。僕は牢獄への出入りが自由だから彼らとしゃべる時間が結構あったからね。だからこそ僕は彼らを不要と思いたくない。だからこそ独断で書き続けようと思ったんだ。少なくとも一人は彼らをこの世の輝きだと思っているんだから。」


・・・

・・・


 さて、括正と武天が出会った日の夜に何が起きたかは別のお話、時は括正が美の区に無事帰還してから数日後に遡る。美山城の城下町から数キロ離れたところに牢獄がある。括正は最も奥にいる囚人に話しかけた。

「あんたって結構よく喰うのね。」

 括正が話しかけたその目を黒い布で塞がれた囚人は無言で食事を平らげてた。

「地響きのレドブル殿。」

 名を括正に言われたレドブルは食器を払いのけると、檻を破ろうと突撃した。しかし、両手、両足、翼までもが魔力を込められた鎖でがっちりはめられていたため、本来なら壊せそうな檻もビクともしなかった。体ではどうにもならないと思ったレドブルは口を動かした。

「侍…道化っ! てめえからもらった背中と腹の傷がうずくわ、うずくわ!」

 レドブルは再び座り込んだ。

「なんのようだ、侍道化?」

 括正は気になっていたことをさっそく質問した。

「個人的な疑問があるんだ。あんたは武天君の軍隊と最初戦った時、翼が生えてなかった。僕もミノタウロスが翼を生やすなんてこと聞いたことない。君の辿ったであろう道を僕は先日歩いてみたが、君が翼を生やしたであろう手掛かりはなかった。急な体質的覚醒にしては不自然過ぎる。となると誰かの助力、この国の者が化け物のあんたを助けるとは思えない。」

 括正は少し檻に近づいた。

「なぜ東武国が外の強者を惹きつけるかわからんが、僕の勘はもう一人いた外国人があんたに翼を授けるきっかけを与えたと思っている。そいつは何者だ?」

 括正はそう聞くと、レドブルはその時のことを思い出した。

「それを求めるはあんたの本能。俺様はバルナバ。誰よりも自由のありかを求める者!」

 彼に力を与えた男の言葉が耳を横切った。レドブルは大きく息を吸って自分の気持ちを言った。

「己の愚かなてめえへの恐怖のせいで敗北した東武国との戦い。その再戦のチャンスをくれた恩人の名を言うほど腐っちゃいねえ!」

しばらくの沈黙の後、括正が声を出した。

「あんたがこの国の村にしたことは許せないけど、出会ったばかりにも関わらず助っ人を庇うとは…。」

 括正は筆と紙を荷物から取り出した。

「地響きのレドブル、いいとこ見っけ。」

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