三章 侍道化の珍冒険 その10

 舞台は次の日の朝の蓮の区の海岸に戻る。幸灯は丁寧に首を刎ねた状態の残った鶏と箇条書きで埋め尽くされた耐水紙を持ち、括正はミカルを幸灯の物置からお姫様抱っこして水が腰の高さまで深いところまで来たら立ち止まった。括正はミカルに質問する。

「ここでいいかな?」

「ええ、大丈夫よ。」

 ミカルはそう言うと、括正はゆっくりと優しく彼女を下ろした。幸灯は鶏と耐水紙をミカルに渡した。

「はい、どうぞ。」

 受け取ったミカルは幸灯にお礼を言う。

「二人とも本当にありがとう。素敵な体験だったわ。」

「お礼を言うべきは私たちです。命の恩人なので……うううう、うわあああん!」

 急に幸灯は泣き出してしまったので、ミカルは驚いた。

「え? どうしたの?」

 ミカルはつい手が届いたので、幸灯の頭を撫でてしまった。括正はため息をついて説明を始めた。

「あ、うん。この子はミカルちゃんと別れるのが辛いっていうのもあるんだけど、あんたが寝た後のことなんだけどね。夜中に急に僕を起こして、‘ミカルちゃんを見世物にしようとした私すごく悪い子じゃないですか⁉︎ ああ、なんてことを!’ ってそのタイミングで急に罪悪感感じたらしいんだ。」

(そういえばこいつとんでもないこと言ってたな。すっかり忘れてたわ。まあ悪い子じゃないのはわかるし、反省しているぽいからいいか……。)

 ミカルはそう思いながら撫で終わると、気にしていないから大丈夫、と励まし改めてお礼と別れを告げ海の彼方へと泳いでいった。括正と幸灯は水しぶきが見えなくなるまで叫んで手を振った。

「さて……え、幸灯しゃがんで!」

 陸へ振り向いた括正はそう指示しながら自身もしゃがんだ。幸灯も陸に背を向きながら慌ててしゃがんだ。続いて小声で幸灯に囁いた。

「ゆっくり振り向いて。」

 幸灯は恐る恐る振り向くと海岸に異形の二匹がお互い距離を置いて歩いていたことが確認できた。

「括正……なんです、あれ? 小さなおじさん?」

「あれはドワーフだね。大抵のドワーフは金や財宝が好きなので有名だ。運動神経は見かけに寄らずかなりいいらしいよ。」

 括正は優しく答えた。続いて幸灯はもう一人の存在が気になった。

「括正、あちらは何でしょう? かなり大きいし毛が頭についていない……よく見たら目が一つ。」

「あれはサイクロップスだね。怪力で種類によっては目から光線を出せるとか。おそらくあいつらは外国からきた傭兵だ。」

 括正はまた説明をした。なんと昨日いくつもの村を襲った三人の怪人傭兵の内二人、コイン・ホッシースとマイキー・ビフが海岸を歩いていたのだ。括正は少し考えると、ふとあることを思い出した。

「そういえば、僕が昨日鶏を買いに行った時やたらと黒い煙が空に舞い上がっていたな。全ての区は停戦状態なのにおかしい話だ。まさかあいつら…」

 突然マイキーが海に目を向いて、括正と幸灯の存在に気づいてしまった。

「ガキ二人。目からビーム!」

 彼の強力なビームは水しぶきを発生させた。

「あで、いねえど。」

「こっちだ、目玉怪物!」

 この声にマイキーは下に視線を向けると、括正はもう既に刀を抜く段階にあった。

「居合、黒鎌一閃!」

 括正はそう叫びながら、黒いオーラの削れるような斬撃をマイキーの腹に見事喰らわした。

「んぎゃー!」

(いたいいん! おんれの皮膚は鉄以上の硬さなのにーん!)

 マイキーは今まで感じたこともない壮絶な痛みに仰向けに倒れてしまった。そこから少し離れたコインは荷物を置いてから、仕事仲間の転倒に思わず笑ってしまった。

「ヒョヒョ、ガキに負ける怪物。そのガキより背が小さきわしに殺されるガキ! まさに身長下克上!」

 そう言いながら、コインは括正に急接近して斧を振った。括正は刀で攻撃を防ぐと、反撃しては、攻撃を防ぎ、括正とコインの間で激しい攻防が続いた。

(やはりドワーフは小柄だが強い! 馬鹿正直に戦っていたらまだ子供の僕はあっさり負ける。)

 そう括正は思っていたが、勝負が長引いていたのも事実だ。力ではコインが圧倒していたが、押され気味でも効率よく武器と体を動かす括正に、やがてコインは苛立ちを見せ始めた。

「むむ、なぜ倒れぬ⁉︎」

 武器による押し合いをしながら焦るコインに括正は笑顔で答えた。

「改めて東武国へようこそ。あんたが欲しいのは金や財宝だろ? そういうのに執着心があるのは悪いとは言わない。だけど僕も欲しいものがある。」

 括正は舌舐めずりした。

「あんたらドワーフは妖精という部類に入る怪人だ。にも関わらずあんたらは“粉”が出せない。だがお金大好きなあんたらは粉が出せる妖精から無理矢理出させて、高く売りつける者もいる。あったか、幸灯?」

 視線を変えた括正に気づいて後ろを向いたコインは、小汚い赤い和服を着た少女がが自分の荷物を漁っている光景を目にした。幸灯は小さな金色の袋を取り出した。

「ありましたよ〜括正。よかったですね。」

 幸灯の行動と発言にコインは逆上して、貴様あっと言いながら括正を武器ごと弾いたが、括正はできた合間を利用して技を繰り出した。

「道化乱歩!」

 括正はそう叫ぶと、酔っているような踊っているような不思議で不規則な動きをし始めた。コインが戸惑った瞬間。

「つあ!」

 括正が急接近して強烈な蹴りを繰り出し、コインの手から斧を離れさせた。

「なっ!」

 驚きで叫ぶコインに対して、括正は峰打ちで思いっきりドワーフの頭をぶっ叩いた。

「ぶちゅうう!」

 悲鳴をあげ、致命的なダメージを負ったコインは、うつ伏せに地面に倒れた。

「予測不能な道化の動き、いかがかな?」

括正はそう言ってコインの背中を踏みつけて、顔のすぐ横に刀を刺して、話し続けた。

「あんたがいくら僕より腕力が強くても、このように僕が有利な状況だったら勝負ありだな。」

「ぐぬぬ。」

 コインは悔しさで歯ぎしりをした。

「おぬし、どうやってマイキーを? アレを倒す斬撃をなぜおぬしのような若造が?」

 そう訊くコインに括正ははっとした。

(そういえばそうだな。僕の斬撃の斬れ味が明らかに上がっている。多分あの海猿の硬い皮膚を何度か斬ろうとしたせいかな? 結局意味はなかったけど。)

 括正はそう考えると、調子に乗って名乗りを上げた。

「ふふ、我は岩本 括正。奇抜に戦う侍道化なり!」

 すると、コインは唖然とした。

(こ、この小僧が首斬りや人斬りで噂になっていた侍道化じゃと? どうりでこの曲芸に近い戦い方……しかし、メルゴール中に広がっている侍道化の強さには程遠いの〜。)

「ヒョ……ヒョヒョ。」

「何がおかしいんだ?」

 少し笑ったコインに対して括正は不思議に思って笑うわけを訊いた。

「ヒョヒョ、おぬしわしら二人倒していい気になってそうじゃが、もう一人おるぞ! 走って行ったわ、美の区へのん。暴れておろうな。海賊艦隊が陽動してくれたおかげで、奴の東武国進撃大成功じゃい!」

 コインの発言に括正は青ざめてるしまった。

(国が徴兵して挑んだ海賊艦隊との戦闘が本土を手薄にするための陽動? 僕を投げ飛ばしたあの海賊より上の黒幕がいたような周到な作戦だ。いや、それより重要なのは…。)

「もう一人はどんな奴なんだ⁉︎ 目玉のおっさんも気絶してるだけで死んでない。情報を教えなきゃあんたと目玉野郎の命を絶たせてもらうぞ!」

 括正の脅しに、コインはただ余裕で顔を横に括正と目を合わせて喋り始めた。

「ヒョヒョ、マイキーの命などどうでもよい。だが、どうせ奴に殺されるだろうから教えてやる。わしらと共にこの国にやってきた奴の名はレドブル・ウィング。怪人傭兵の中じゃ伸び代が高いと噂されている大物ルーキーだ。異名は地響き。異名の由来は地を斬り裂き発生する風の衝撃を生み出す奴の自慢の必殺技: 軟骨武乱致から来ておる。体質的な理由と修行の末、目を合わせれば他人の心を読むことができる赤い体毛のミノタウロスじゃ。……へ?」

 コインは、冷や汗をかいていた括正がミノタウロスという言葉を聞いた瞬間不敵な満面の笑みに変化したことに恐怖を感じた。

(な、なんじゃこいつ⁉︎ 獲物を発見したような目つき……そういやこいつ妖精の粉を……ミノタウロス……ま、さ…)

ブスッ! ブスッ!

「ヒョオオオ!」

 括正はコインが移動できなくするために両脚を刺した。血の流れが止まらなくなったコインは気絶してしまった。括正の行動にえ?、と青ざめてる幸灯に、括正はきちんと説明した。

「大丈夫だよ。小人さんはちゃんと生きてるよ。数日くらい行動できなくしただけ。この怖い人がこのまま動いてたら被害者が増えるでしょ?」

「んー、まあそうですね。あ、そういえば。……どうぞ。」

 幸灯は括正のところに駆け寄って妖精の粉の入った金色の袋を渡した。

「ありがとうね。」

 括正はお礼を言った。

「いつかなれるといいですね。吸血鬼のヒーローに。」

 幸灯がそう言うと、ふと思い出し括正に尋ねる。

「そういえば括正、レドなんとかというお方があなたの故郷の美の区に向かっているって。どうするのですか? 人の心を読める相手になんて勝ち目があるのですか? 私からしてみたらそういうお方は無敵で、挑むのは絶望的です。」

「そうかな〜? 僕はそういう敵と戦ったことないけど、案外簡単かもよ? 対策を練ればね。」

 括正は笑顔で言った。

「それに僕としてはこの戦いは避けられないよ。ミノタウロスの角が欲しいという自己欲もあるけど、ただでさえ傷ついているこの国の傷口をさらに深く掘り下げんとする存在を食い止めるのは、その存在を知ったものが背負わなきゃいけない使命だ。」

 括正は深く息を吸った。

「さあこうしちゃいられない。急いで荷物をまとめて美の区を目指さなきゃ。幸灯、悪いけど案内よろしくね。」

 幸灯は元気よくはい、っと返事すると二人は走って一旦幸灯の物置に戻って、美の区を目指した。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る