三章 侍道化の珍冒険 その11

 括正と幸灯が美の区へ向かってから数時間後のことである。

 仕事仲間ののんびりさに呆れたレドブルは猪突猛進に美の区に入った途端、強奪した地図を頼りに、城下町の襲撃を試みた。適当に村を襲うより、手っ取り早いと思ったからだ。

 しかし予想外のことに、レドブルは美の区を治める有力大名の若殿:松平 武天が指揮を執る討伐隊の待ち伏せにあってしまった。馬に乗った武天は会話を試みた。

「貴様は既に負けているのだ。悪いことは言わない。無傷でこの国を立ち去るか、降伏をしたまえ。」

「俺がここを目指すと……なぜわかった?」

レドブルはにやけながら訊ねると武天は冷静に淡々と答えた。

「簡単な話だ。俺には遠くまで飛ばせる“眼と耳”がある。いわゆる情報網だ。後はある情報と想像上起こりえる可能性を考慮しつつ、対策を練るだけだ。」

 武天はレドブルに向かって指を指した。

「貴様は既に詰みだ。それでも鬼の軍略の餌食になりたいかね?」

「舐めるなよ……七光り小僧!」

 レドブルはそう叫ぶと武天目掛けて突撃するのだった。


・・・

・・・


 一方その頃、括正と幸灯は美の区を目指して走っていた。

「ハァ……ハァ、うぐ!」

 さすがの長距離に少女の幸灯は息を切らして止まってしまった。それに気づいた括正は振り返って幸灯の近くまで行った。

「休憩するかい? それともおんぶしようか?」

 括正は優しい声で提案すると、幸灯は息を吐きながら話し出した。

「ハァ、ハァ、この先ををずっと行けば、道が二つに別れます。右へ行けば美の区です。ちなみに左は獣の区です。ハァ、ハァ、急いで行ってください。」

 そう言う幸灯に括正は、戸惑った。幸灯は淡々と喋り続けた。

「私は今まで物理的な喧嘩をしたことがないので、はっきり言って戦闘面において足手まといです。国の危機に立ち向かうあなたのお荷物にはなりたくありません。」

 幸灯は少し、姿勢を整えた。

「しばらくお別れです。」

 お別れという言葉を聞いて括正は動揺した。今回の冒険で彼女に嘘をついたことと未遂に終わったものの知ろうとしたことを思い出した。

(僕は幸灯を二度も裏切ったんだ。……僕にはもう彼女の家臣になる資格が…)

「括正!」

 幸灯は括正の思考回路を遮るように叫んだ。

「あなたが私にしたことは多分私は許せないと思います!」

 括正はそれを聞いて落ち込んだが、幸灯はそれでも喋り続けた。

「ですが、それはそれです。今回のことで、あなた悪いところを知りましたが、あなたの素敵なところも再確認できたり、新たに発見できたりもしました。」

 幸灯はさらに付け加える。

「私はむしろ、この冒険でしてしまったあなたの失敗があなたがさらに成長するきっかけになったことを信じたいです。」

 幸灯はさらに指を括正に向けて指した。

「あなたの将来の女王としての命令です。今は私を置き去りにして、現在忠義を示しているこの国の邪をあなたらしく、打ちはらいなさい。」

 幸灯は本物の女王のように立派に見えた。括正は跪き、仰せのままに、女王陛下! と叫ぶと回れ右をして風のように走った。


・・・

・・・


「ゼェ、ゼェ……おのれ〜。」

 美の区の森を軽傷を何個か負ったレドブルが蓮の区へと続く森の道を逃げるように引き返していた。一方で武天は城に戻り、お茶をすすっていた。

「うむ、捕縛もしくは討伐は失敗。敗走は成功か。深追いは策通りせず、ひとまずの勝利。」

 武天は剣士一人で狙撃手二人の一グループを複数揃えた討伐隊で、見事レドブルを追い返したのだ。おまけにレドブルの軟骨武乱致と心を読める能力と張り合うための対策をバッチリ練っていたため、レドブルは八方塞がりになり、撤退する他なかった。

「やはり武天様は天才ですな。」

 家臣の一人が武天を褒めると、武天は応答した。

「単純な話だ。あの牛漢の技は隙が二回ある。一つは発動前の1秒前、もう一つは発動後の二秒後だ。軌道や仕組みさえわかれば、戦闘経験がほとんどない足軽でもかわせる。馬に乗ってた俺でもかわせたのだから、これは明白だ。」

 武天はお茶を軽くすすった。

「次に人の心を読む能力の策は、俺だけの手柄ではない。案外そんな奴を前に相手したら、一見絶望的に感じるが、反撃する方法はいくらでもある。その対策を今回の討伐隊の一員一人一人に俺がバラバラの関係のない情報を吹き込むことによって彼らが無意識に耐性が取られただけのことだ。何より、奴が俺の心を覗こうとした時点で奴の敗北は決定的だった。もっと早く覗いてくれたら、捕縛に成功できたのだが、それは結果オーライだ。」

 武天は空を仰いだ。

「作戦はまだ終わっていない。海に遠征に行っていた美の区の兵が戻ったらすぐに捕縛隊の編成を命じよ。」

「え? あ、ははっ!」

 その頃、森の中でレドブルも空を仰いでいた。

「やられた借りは倍にして返すぞ、鬼軍師。」

「ヒュー、ヒュー、ええやないの〜。その闘志。痺れるわ〜。イカれてやがるな〜。」

「え?」

 謎の声にレドブルは振り向くと、長身で細身の影が木の太い枝に立っていた。影は勢いよく地面に降り立つと小さな地震が起きた。

「うが!」

 この揺れにレドブルは思わず尻もちをついた。影は構わず両腕を後ろに巻きながら喋った。

「あんたの言いたいこと、俺ならわかる。この俺様が何者かを知りてえんだよな?」

 この影の正体は薄汚いフードの下に、西洋っぽい赤黒い上着にオリーブ色のズボンを着た二足歩行の180cm以上の身長がありそうな茶色い毛の狼だった。

「それを求めるはあんたの本能。俺様はバルナバ。誰よりも自由のありかを求める者!」

 そう言うと、バルナバという名の怪人はポケットから頑張れば一口で入る緑色の果実を取り出したので、レドブルは不思議そうに尋ねた。

「これはなん、むむぶ!」

 突然バルナバは無理矢理、その果実をレドブルの口の中に入れて食べさせた。

「気に入ったぜ、あんたの真っ直ぐな悪。軽くはからせてもらうぜ。」

 バルナバは手を離すと、レドブルは膝をついて、吐き気に襲われた。

「ゴホッ、ゴホッ! なんだこれは⁉︎ 力が……んもおおおお!」

 レドブルが雄叫びをあげたと同時に、彼の背中に大きな白い翼が生えた。これを見たバルナバは軽くゆっくり拍手をした。

「ワオ、これは爽快。好きなだけ暴れてこい。」

 そんな言葉を耳に入れずに、翼を授かったレドブルは、少し前に屈辱的な敗北を味わった城下町に飛んで行った。

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