二章 怪盗獅子騙しの二人の魔女 その6

 舞台は案六城の客屋敷の庭に変わる。

「ふ〜。」

 ずっと海の方向に集中力を延ばしていた侍がそれをやめ一呼吸した。

「先輩、なんかあったんすか?」

 その侍と共に美の区の若君を護衛していた括正が彼に質問をした。

「邪なる者に城ごと見られている気がしたんだが……どうやら解決したようだ。」

 上司の侍は括正の方を向くと話を続けた。

「俺は美の区の殿に報告しに戻る。岩本は若君をしっかり守れ。」

「はっ!」

 括正の返事を聞くと、先輩の侍は宿を出ていった。庭に顔を出した若君がきつく括正に話しかけた。

「おい岩本、あいつはちゃんと行ったか?」

 括正は塀を昇って確認して答えた。

「はっ! 行きました若君。」

 すると若君は落ち着いた素の声質に喋り方を変えた。

「では括正君、どうだね? 一局。」

「はっ! 喜んで!」

 この括正の応答に、魚の区との交渉に来た若君は思わず笑ってしまった。

「ハハッ、括正君。俺たちは同じ年なのだから、二人きりの時は堅いのはいいってお互い納得したではないか。違うかね?」

 括正もこれを聞いて、一息ついた。

「あ、そうだったね。ごめんね武天君。」

 この幼い顔立ちの細身の少年は、美の区の若君の一人、松平 武天である。括正が幸灯への修行を終えて、美の区に戻った後に括正ができた友人である。括正はその後の戦で、村などを攻める敵の兵士や盗賊から守るように戦う戦法をこの若君に見込まれ、度々城を抜け出す若君に手助けを重ねる内に上下関係を超えた友人になったのだ。

「だけど武天君、まずはここを片付けないと。若君の示しがつかないよ。」

「あ、そうだったな。」

 調べ物や研究のために広げた資料や本の山を、括正と武天は手分けして片付けた。終わった頃には夕方になったが、それでも二人は将棋を指しながら他愛もない雑談をした。

「しかし武天君が養子なのは知っていたけど、違う大名や貴族、もしくは公家から来たと思いきや、村の農民が実親だとは思わなかったよ。」

 括正は将棋を指しながら武天に言った。武天は落ち着いて話した。

「まあ、民への愛を政略的にアピールすることが目的で村で神童と言われていた俺を養子にした“父上”にはいささか不快感を感じるが、ある程度の権力を持つことによって俺が美の区の村や町の人々の暮らしをよくできる機会が与えられているのはせめてものプラスだ。……君には感謝しているのだよ、括正。」

「へ?」

 括正は反応すると、武天は話を続けた。

「君はやっぱり侍道化だ。屈指のアイディアマンだ。確かに君は俺に比べれば学や教養がそこまであるわけでもなければ、不器用だし、何事も引きずりそうなタイプだし、感情的で、政治には不向きな性分だ。」

「あんたすんげえ悪口並べてるの、自覚ある?」

 武天はきょとんとしながら答えた。

「悪口というか、俺はただ事実を言っているだけなのだが…」

「うん、悪かったよ。あんたやっぱり鬼軍師だな。」

 括正が言った鬼軍師というのは、武天の世間から言われている異名である。武天は生まれつき体が弱い分、とても賢いので戦において作戦を立てたり、後方から指揮をしたりする軍師の才能を発揮するのだ。敵を睨み返すような鬼畜な作戦を何度も成功させていることから鬼軍師と言われるようになった。括正は話を続けた。

「出会う前に鬼軍師はてっきり大男だと思ってたけど、まさかこんな細身の見かけ優男だとは思わなかったよ。根性論言うと思ったら論理的な理屈屋だし。」

 武天はため息をしながら、言った。

「君もかなり正直じゃないか。……話を戻させてくれ。俺は型や教科書に沿った考え方が主流だが、君の自由な発想には毎度助けられている。おかげで強欲な“兄上”たちから金を合法的に奪って、慈善活動にまわすことができる。」

 武天君は一息ついてから、括正にまた話した。

「なあ括正君、聞いてくれ。俺には王になる野心はないが、君となら理想郷に近い国を作れると思うのだが、どうかね?」

 括正は頭を下げて謝った。

「悪りぃ、先着がいるんだ。」

 武天は残念そうな顔で言った。

「そうか。とても残念だが、君を束縛することによって俺たちの友情を無きものにしたくはない。……しかし俺の誘いを断るとは、その人物は余程の才覚者なのだな。」

 武天はそう評価すると、括正は幸灯の顔を思い浮かべながら言った。

「いやあ、はっきり言って弱虫で臆病な小心者だし、精神的にも肉体的にも弱いし、僕より感情的で頭悪くて姑息なんだ。」

 武天はこれを聞いて驚いた。

「君より頭悪くって姑息ってよっぽどだぞ?」

「あんたたまに吐き出す毒が強すぎるんだよ!」

 割り込んだ武天にツッコミを入れた括正は話を続けた。

「だけどね、その子正直で素直で誰に対しても優しいんだ。そんな子を支えたい。そんな子に負けたくない。そう思ったから、自分の傷を鏡で見る暇あったら、どうしたら自分の賜物を世の中のために活かせるか? 彼女に忠誠を誓った日から、それをより考えて行動するように僕は心がけているんだ。」

 ここまでの二人の会話を止まって屋根裏から聞いた上で、聴かれまいと人がいない屋根裏に移動し涙をポロポロ流す者がいた。

(うう……かちゅまちゃ! もう好き! 何ですかあの人? 褒めすぎです。さっき私の悪口言った時上から手裏剣投げようと思っちゃってごめんなさい! ……だけど私が一番自分のことを知っています。私は人のものを平気で盗む悪い子なんです。 戦場から金目のものを探す卑しい子なんです。本当はこんなことしたくない! だけど生きていくため、夢を叶えるため仕方がないのです。ああ、ごめんなさい。今日は宝石を盗みます。それを盗めばもう二度と盗みをしなくても済むかもしれないのです。)

 幸灯は静かに歩いていると、目的の部屋の屋根裏にたどり着いた。こっそり上から覗くと、寝たきりの少女が咳をしていて、その父親らしき殿が心配そうに手を握っていた。

(あの子私と歳が同じかしら? 病気でかわいそう。魚の区の辺りは比較的に戦が少ないのはこのためだったのでしょうか?)

 そう考えていると、幸灯は寝ている少女の頭の上にある宝石に気づいた。

(あれは……海剛石! しめしめです。あの子のお父さんが部屋を出て、あの子が寝たのを確かめたら、ちょちょっと奪いましょう。)

 幸灯は頭の中で話していると、姫君の父親が優しく自分の娘を励ますのを耳にした。

「辛いだろうけど、頑張って生きてね。半年頑張れば、一流の魔法使いが君を直しに来る。それまではこの海剛石で頑張って命を取り留めてね。君がいなくなったら父上は悲しい。」

 その時、臣下らしき男が部屋にやってきてこう言った。

「北上様、外回りのお時間です。」

 殿はそうかと言うと臣下と共に部屋を出ていって、しばらくすると少女は寝た。幸灯の脳裏に葛藤が生まれた。

(何ですって? どうしましょう? 私が海剛石を奪えば、私の願いが叶います。ですがあの子はおそらく死ぬ。……まあ、ですがあの子は私に比べたらいい人生を送ったのではないでしょうか? 愛してくれる親もいて、住んでいる豪華な城があって、不自由のない暮らし。ずるいです。私にも幸せになる権利があります。……でも、自分が不幸だからって他人の命を奪う言い訳にはなりません。それにいくら金持ちとはいえあの子がかわいそうだと思っている自分もいるのが何という矛盾でしょう。……ああ、私はどうしたら…)

「あなたこんなところでそんな格好で何してるん?」

 突然横から聞こえた声に驚いて振り向いた幸灯の口を塞いで、小声で話す者がいた。

「静かに。捕まったらどうするの?」

 この者の正体は清子だった。幸灯は恐怖で距離を置いて、頭を抱えながら、顔を下に丸まってしまった。

「こ、殺されるんだわ、私。今までに犯した罪のツケがまわってシチューにされちゃう。」

「は? 何言って…」

 清子は言いかけたが、思い留まり考えた。

(そうだった。赤の戦士に人の気持ちを理解しようとするように言われたばかりなのに、私ったら恥ずかしいわ。……この子そういえば怖がりさんだから優しくソフトに接しないと。)

「ごめんね、幸灯ちゃん。私ちょっと大人げなかったねー。怖かったよねー? 今度から私も気をつけるから、仲直りのハグをしよう。ね? お願い。」

 そう言うと、清子は両手を広げた。幸灯は恐る恐る近づきながら質問した。

「呪わない?」

「呪わな〜い。」

「怒ってない?」

「怒ってな〜い。」

「シチューにして私を食べない?」

「食べないよ〜。はい、捕まえた。ぎゅう〜。」

 清子は優しく一つ一つの質問に答えると、近づいてきた幸灯をハグした。幸灯もハグしながら言った。

「ごめんなさい。私怖くてあなたから逃げちゃって。」

「いいのよ、いいのよ。私も悪いんだから。これからはあなたのペースを尊重した接し方をするように努力するわね。その代わり、幸灯ちゃんもちゃんと私に意見を言う勇気を出さなきゃダメよ。」

 幸灯は笑顔ではいと答えると、清子は話を変えた。

「さて、ここまでの流れを話してくれない?」

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