二章 怪盗獅子騙しと二人の魔女 その7

 舞台は朝日が昇る前の次の日に移る。幸灯はルシアのいる海辺の洞窟に走っていた。

(ごめんなさい、清子さん。あなたはもう海の魔女に近づかないように言ったけど、やっぱりちゃんと直接謝らないのは礼儀に反すると思います。それにあの人あなたや私と似て、一人ぼっちでどこか寂しそうな目をしてました……。)

 気がついたら洞窟の入り口にたどり着いていた。ゆっくり階段のような下り坂を下りていくと、そこにはルシアが小さな岩に腰をかけて待っていた。

「あら、いらっしゃい。さっそく海剛石を渡してもらおうかしら?」

 ルシアは渡せと言わんばかりに手を伸ばしたが、幸灯はさっそく恐る恐る頭を下げた。

「ごめんなさい。海剛石は盗み出すことはできました。でも城に置いてきました。」

 それを聞いてルシアは真顔で立ち上がった。

「……理由を教えてもらおうかしら?」

 そう訊かれたので、幸灯は正直に海剛石が城の姫を死から守っており、それがなくなると姫が死んでしまうことを話した。

「ふーん、そう。あなた思わなかったの? 彼女もかわいそうだけど自分の方が不幸だから取っちゃおうって。考えてみなさい。その姫はそれなりにいい人生送ったかもしれない。この時点で死んでむしろラッキーだったとか。」

 ルシアがそう尋ねると、幸灯は正直に答えた。

「確かにそう一度考えたのは否定しません。ですが不幸に上も下もないとその後思いました。それはその姫も私も、そしてあなたも。」

「は? 何で急に私の話になるわけ?」

 ルシアはムカつきながら、反応した。

「あなたのことなら少しだけお聞きしました。神々の血を持ちながらも、神々から本来の力を封印されて、普通の人魚として生きる運命を背負わされた。独学で魔法を覚えたのも、彼らの頂点に立ち復讐するためだと。あなたの野望を止める権利は私にはありませんが、その道のりは孤独なのでは? 私でよろしければ、あなたの友達になって、あっ!」

 幸灯が喋り続けていると、突然彼女の首をルシアの下半身の一部である触手が締め上げた。

「それ以上喋るな。」

 ルシアは怒りを露わにして幸灯を脅した。

「もう一度案六城に侵入して海剛石を持ってこい!」

「い、嫌です。……大義ならまだじも、姫の命を自分のために犠牲にするなんで、で、できません!」

 幸灯はもがきながらも断った。

「あなだも、誰かの嫌な部分によって傷ついたからって自分の光を殺さないで! 私たちはみんな誰かを愛して、誰かに愛されるために生まれてきたの! 復讐のために生まれたんじゃない!」

「もういい、喋るな。」

 ルシアはそう言うと、三つの触手を繰り出し、合計四つの触手で幸灯の両手両足を押さえ込んで、宙に浮かせた。

「あ、う、いやぁ。」

 必死に抵抗する幸灯をルシアはあざ笑った。

「アハハ、哀れ、あ、わ、れ。あんたみたいな何の力もない脳内お花畑の小娘が私の心を癒せると思って? 私には愛や優しさといった甘さも仲間も友達も必要ない。封印されても人の十倍ある腕力もちょっぴり使えるマジックも必要な力は全部あるから、あっはっはっはっは!」

 ルシアは小さなナイフを取り出して、幸灯の心臓を目掛けて投げる構えをした。

「ふふ、海剛石を持ったままの姫は生き長らえ、持ってこなかったあんたは私に殺される。これは素晴らしい悲劇で終わりそうね〜。」

「そうでもないわよ。」

 幸灯は抵抗して振り向くと清子が立っていた。ルシアは驚いて怒鳴った。

「誰よ、あんた! 今いいところなのに!」

 清子は魔法の杖を構え、頭の中で呪文をいくつか唱え始めた。

(ホールド!…絶対空波、四連!…ふわふわスライム!…そして、)

激しき疾風ガスト・ストライク!」

 この呪文を唱えた順に、魔法が発動した。初めはルシアの体が一瞬だけ麻痺して、次にルシアの四つの触手の半分の長さのところが破裂して本体から切り離された部分の触手は消えてしまい、幸灯は自由になった。落ちてくる幸灯を清子が作り出した柔らかいスライムが受け止めた。最後に強い風がルシアを海の方に吹き飛ばした。

「ぎゃああああ!」

 不意打ちだったため、ルシアは数メートル飛んで海に沈んだ。幸灯は清子の方へ泣きながら駆けつけて、両手を握った。

「清子さあああん、うう、ごめんなさい、ごめんなさい! 私清子さんの忠告無視して! ごめんなさい! あの人、私と似てると思ったんです! 友達になれるって!」

 泣き叫ぶ幸灯は優しく頭を撫でながら慰めた。

「うんうん、いいのよ。マダムとの約束を守っただけだもんね。優しさと人情があるのがあなたの強さよ。誇りなさい。」

 清子は撫で終わってから言った。

「私決めたわ。あなたのフェアリーゴッドマザーになる。」

 フェアリーゴッドマザーやフェアリーゴッドファザーとは特定の人間のために仕え尽くす魔女や魔法使いのことを指す。それは武士道の忠誠心にも似た関係である。幸灯は括正からこういったシステムを聞いているので驚き戸惑った。

「え、え! そんな! 私なんか、なぜ?」

「あなただからこそよ。あっ、やだって言ってもなるから。あなたは危なかしくてほっとけないんですもの。」

 幸灯は嬉しくて、お礼を言った。

「ありがとうございます、清子さ、清子ちゃん。いつか私はあなたが他の魔術師に誇れるような立派で聡明で強い女王様になってみせます!」

 この言葉に清子は微笑むと、急に視線を海に向けた。すると巨大な水柱とそれを追いかける水しぶきが発生した。清子は冷静に約束した。

「じゃあ、今はまだわたしがあなたを守らせてもらうわね。」

 清子は海の魔女にバレないところから隠れるように見るように忠告してから、ホウキを取り出して、スケートボードのように乗って、水柱の方に向かった。やがて水柱は海へと還り、ルシアが8本の触手を見せた人魚の姿で現れた。ルシアはさっそくやってきた清子に質問をした。

「そんなホウキの乗り方どうやってできるの?」

「え? あ、これね。本来のホウキ乗りの応用で、ホウキを重力に逆らうものとしてじゃなくて、ホウキを一つの重力の持った星というイメージをもとに…」

「海流鋭貫!」

 突然ルシアは魔法で海から人を串刺しできる形の尖った大きな水の塊を放った。しかし、清子はギリギリかわした。だがその衝撃でついホウキから振り落とされてしまった。

「ふふ、あ、わ、れね。海に落ちたら最後、波に溺れて、あれ?」

 ルシアは清子の足が海の上に浮いているのを目にしてしまった。

「ちっ、どこの救い主だよ!」

「あら、教養のなさそうなあなたでもそういう知識はあるのね。だけど私が浮いているのはそういった神の子っぽい理由じゃなくて、アメンボと同じ要領な…」

「うっさあああいい!」

 清子のうんちくに嫌気を指したルシアは清子に向かって突撃してきた。

(品のない人魚さん……魔力防御壁マギボルグ!)

 清子はそう心の中で唱えると青い魔法陣で魔力の盾を作った。

「たあ、うらあ、つああ、とあ、やあああ!……え? 嘘でしょ?」

 ルシアは連続で強い一撃を5発入れたが清子の魔力防御壁はビクともしなかった。続いてルシアは30発ゲンコツを入れたがやっぱりビクともしなかった。ルシアは焦り始めた。

(おかしい、私も魔術師となら何人かは倒したことはある。大抵5発くらい入れたらガードは崩れるのにこいつのはヒビ一つない。こうなったら、奥の手よ!)

「はあああああ!」

 ルシアは魔力を拳に集中して、紫と黒を混合させたオーラを拳に纏った。

(あのオーラは…まずいかも。対処しなきゃ!)

「小雷しっぺ返し!」

 ルシアの攻撃を心配した清子は自分の盾に小さな電撃を帯びさせた。ルシアは全力で殴りかかった。

「喰らいなさいいい、え、う、うわあああ!」

 紫の闇のパンチをしたルシアは魔力の盾の電気によって痺れて後方にぶっ飛んだ。

「あなた本当に使える魔法はちょっぴりで、肉弾戦が主流っぽいね。楽に勝てそう。」

 ぶっ飛ばされたルシアは、清子のこの挑発に乗らずに敢えて笑みを浮かべた。

「アハハ、言ってくれるわね。私はもう一つ強力な魔法があるのさ。」

 ルシアは腕を胸の前で奇妙に回しながら、唱えた。

「深海の底なしの闇の力よ、今こそ我が手に! 暗風の双手ストーム・ワルツ!」

そうすると、ルシアの双方の肩の上に白く奇妙な煙のような両手が現れた。

「この手は、防御不能よ!」

 そうルシアは宣言すると、ルシアから見て左の手がパーの構えで魔力防御壁マギボルグをすり抜けて清子の首を掴んだ。

「グア!」

 清子は無理矢理ルシアの方に引っ張られるとルシアは右の白い手を操り先ほど素手に纏わせていた紫と黒のオーラを覆わせ、近づいてくる清子をそれで殴り飛ばした。

「墨突き!」

「キャアア!」

 清子は陸の方までぶっ飛ばされたが勢いがなくなった、ギリギリのところで幸灯に受け止められた。

「清子ちゃん、大丈夫ですか? 逃げますか?」

 清子は一安心して幸灯に言った。

「やっぱりあなたは守りたくなるわね。大丈夫よ、まだ戦える。あなたを守ると誓ったフェアリーゴッドマザーを信じなさい。」

 ホウキが自動的に清子の方に飛んできた。

「ごめん幸灯ちゃん、ちょっと帽子持ってて。」

「あ、はい。そういえばよく今までこの帽子頭から落ちませんでしたね。」

「うん、ちょっと空気読もうね〜。」

 清子がツッコミを入れながらは幸灯に帽子を渡すと、またスケートボードのように乗り、ルシアの方に飛び立った。

(暗風の双手……通常の状態だと防御壁をすり抜けるけど、おそらくあの紫黒のオーラで覆われた状態はすり抜けられない。熟練の戦士なら、一か八かで隙をついて攻撃できるけど……私はあくまで魔女。難易度の高いことは経験値をもうちょっと積んでから挑戦ね。……そうなると、同じ次元の魔力を出すしかないわ。……お父様ごめんなさい。禁じ手を使うわ。)

 清子は再びルシアの目の前に飛び降りた。ルシアは余裕で話した。

「ふふ、暗風の双手ストーム ワルツの前ではチンケな魔法や怪人なんて無力。だけど惜しいわ。ねえあなた、私と手を組んで世界を手にしない?」

 清子は笑みを浮かべて答えた。

「物理的な力にしか惹かれない生き方に意味なんかないわ。私は自分の醜い心を清めたいからこそ心を見て人を選ぼうって決めてるの! おわかり、能無し。」

 ルシアはこれを聞いて、怒りで微笑んだ。

「あーら、そう。じゃあ海の恐ろしさを全力で知るがいいわ!」

 ルシアは手を上に上げると、二つの奇妙な手は力を合わせ一つの大きな紫黒の玉を作っていた。ルシアは勝利する自信に満ち溢れていた。

(ふふ、下手したら魚の区ごと破壊されちゃう威力かもね。さあ小娘の魔女ちゃんはどんな顔を、はっ!)

 ちょうど太陽が島の方から見え始めた時間帯だった。朝日を背に向けた清子の目は金色に光っていた。

「逃げ場はないわよ。」

 清子は落ち着いて宣言すると、自分の右手を左斜め前に伸ばしてからゆっくりと右斜めの方向へ動かしながら唱えた。

火炎の壁ファイアウォール。」

 熱いと思ってルシアは後ろへ振り向くと百メートルくらいの高さがある細長い炎の壁があった。彼女は次に頭を潜らせた。

(嘘! 何で海の中で火が燃えてるの ︎ 海の地についているから潜って逃げれないじゃない!)

 次に炎の両端を見ようとしたが、双方共に端が見えなかった。

(くっ、見たことない魔法だけどおそらく彼女自身はこの深海の宝玉に勝つ術は…え?)

ルシアは前を向くと、清子の魔力が上がっているのに気がついた。

「緑炎!」

 清子は力を込めながら叫ぶと緑色の炎のオーラに身を包んでいて、ルシアの方にまるで刀を持つように杖を向けていた。ルシアは叫ぶと、清子も力強くある宣言した。

「信念の炎か野心の闇か! 最後に立っている魔女は一人だけよ!」

「私は幸灯を、輝きを放ち続ける女王にする。」

 両者がそれぞれの技を叫ぶ。

「深海の〜宝玉ぅぅぅ!」

 ルシアはそう叫ぶとずっとあげてた右手を前に振り落とし、白い煙のような両手が強大な玉を後ろから押すように放った。

妖精竜の火炎咆哮フィードラ フランブルレン!」

 清子は杖を一度軽く上に向けてから勢いよく刀を振り落とすように前に向けると、手の先から緑色の炎の火炎放射が出た。緑色の炎と薄暗い塊がしばらくぶつかり合っていたが、ある誰かの声が勝敗を分けた。

「清子ちゃん、死んじゃダメ! 負けないで! あなたなしでは私は女王になれません! 私はあなたを信じています!」

 だいぶ離れた陸から幸灯が必至で叫んだのだが、竜の耳を一時的に持った状態の清子にはばっちり聴こえていた。

「うりゃああああ!」

 清子は力を込めると緑色の炎は見事に深海の闇を焼き尽くし、不気味な白い両手も消えた。

「ゲ!」

 己の技が破られたことにルシアは思わず声を出すと、妖精竜の火炎咆哮は気がついたら自分に向かっていた。

「ぎゃあああ!」

 ルシアは前を緑の炎に焼かれ背中を炎の壁に焼かれた。炎の壁は衝撃の被害を防ぎ吸収するために清子が設置したものなので、ある程度の衝撃を吸収した後に消えて、意識を失い丸焦げのたこ焼きになってしまったルシアは海の彼方へと飛んでいってしまった。

 体力と魔力をだいぶ消耗した清子は、幸灯のところに戻ると幸灯は思いっきり彼女を抱きしめた。

「私を守ってくれてありがとうございます、清子 ブラックフィールド。 私の愛するフェアリーゴッドマザー。」

 清子はまるで親の愛を思い出したように幸灯を抱き返した。

「ハァ、ハァ……ふふ、やっぱりハグって良いわね…。」

 この後、幸灯は正式に清子とフェアリーゴッドマザーと主の契りを結ぶのであった。


二章完結


三章は冒険の旅へ

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